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選択の館

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選択の結果編


 俺は、いつものハローワークへ向かう途中で、宝くじ売り場が目に止まった。いつもなら気にも止めずやり過ごすのだが、やはり、あの夢が気になったのだろう。俺は十枚買ってみた。抽選日はまだ先だから、その頃には忘れているかもしれないが。
 ハローワークに着くとすぐに名前を呼ばれ、俺は希望の就職先を紹介された。これまでで一番いい会社だった。飛び上がるほどうれしいはずだったが、まだ面接がある、喜ぶのは採用が決まってからだ、と思った。
 俺は早速その会社に連絡を取り、明日、面接をしてもらうことになった。胸を高鳴らせながら家へ帰った俺は、スーツに風を通し、クリーニング店のビニールのかかったワイシャツを取り出した。そして、明日のために早く休んだ。
 
 翌日、面接を受けた俺はなんとその場で採用が決まった。来月からその会社で営業マンとして働くことになったのだ。だが、意気揚々と社を出た俺の胸に、ふと小さな不安がよぎった。
(まさか……)
 俺は、その足で競艇場に向かった。そして、一番人気のない舟券を買ってみた。
 レースが始まった。俺は買った舟券を握りしめ、当たるな! 当たるな! と心の底から祈った。自分が買った舟券のはずれを願う者などひとりもいないだろうに。
 そして……俺は大穴を当ててしまった……
 払戻金を手にしながら、俺の気持ちは沈んだ。
 偶然だ、偶然に違いない、そう自分に言い聞かせて、次の日、俺は病院に出かけた。肝臓が悪く、もう何年もの間、月に一度の通院が続いていた。
 病院に着いた俺は驚いた。いつもなら待合ロビーは患者で溢れ、一時間、二時間待ちはざらだった。ところが今日はどうしたことか、人はまばらで、五分も待たずに診察室に呼ばれた。
 そこで担当医が言った。数値が下がったので薬も出さないし、もう通院する必要もないと。俺は耳を疑った。俺以上に医者も驚いた様子で、何か特別な民間療法でもやったのかと聞かれた。
 診察室を出てロビーに戻ると、いつものようにそこは診察を待つ患者で溢れていた。
 
 
 こうして翌月から勤め始めた俺の営業成績は、もちろんうなぎ上りだった。もう、あの夢以外にはあり得ない。こんなに何もかもうまくいくなんて、絶対に普通ではない。明日はサマージャンボの抽選日だ。これですべてがはっきりする。
 そして、その時がやって来た。結果は……
 一等前後賞、合わせて七億円を俺は手にした。
 間違いない、俺は前世で最強のラッキーカードを引き当てたのだ。ということは、裏が白紙でなければ、最強の不運も付いてくることになる。俺はそのことに怯え、到底喜ぶ気にはなれなかった。七億が当たるのと同じくらいの不運とはどんなことだろう? ちょっとケガをするくらいでは済まないことだけは間違いない。
 八つ裂きにでもされるのだろうか? それとも、冤罪で後世に名前が残るような犯罪者にでもなるのだろうか?
 俺は少しでもこの桁外れの幸運を返上すべく、当選金は全額、慈善団体に寄付した。そして、宝くじをはじめ、一切のギャンブルに手を出さなかった。それでも営業成績がいい俺は、十分すぎる収入を得ていた。しかし、住まいも変えず、以前と変わらぬつましい生活を心がけた。
 ところが、どこから情報が漏れたのか、世間を今賑わせている「七億寄付男」は俺ではないかという噂がネットで流れた。すると、途端に山のようなメールが毎日届くようになった。寄付の要求をする怪しい団体、そして親戚や同窓生を名乗る者たちからだ。困った俺はアドレスを変えようと思ったが、思い留まった。とても煩わしい状況であるが、こんなことが不運に入るのなら容易いことだと思ったからだ。
 人の噂も七十五日、ようやく静けさが戻った頃、一通のメールが届いた。それは、片想いだった初恋の彼女からのものだった。ネットで騒がれた俺を心配してくれたのだ。
 週末に俺たちは会うことになった。これが幸運になってしまうのはわかっていたが、俺はこの幸運だけは逃すことができなかった。
 
 
 大人になった彼女は、想像通りの女性になっていた。俺は、夢の話すべてを彼女に打ち明けた。にわかには信じられないという表情で聞いていた彼女だったが、話を聞き終わると、
「裏は白紙だったと思いましょう」
そう慰めてくれた。
 それから俺たちは付き合い始めた。もちろん、これも幸運のカードのおかげだろう。それでも俺はかまわなかった。どんな不運が代償として現れるとしても、この彼女には替えられない。
 ある日いつものように、俺の部屋へ来て、掃除をしてくれていた彼女が、ベッドの隅の下に挟まっているカードを見つけた。
「あ、もしかしてこれって!」
 そう叫ぶ彼女が手にしているカードを見て、俺は体が固まった。それはまさしく、夢で見たあのカードだったからだ。それも、あの時並べられた右端にあった一番神々しい天国を連想させる絵柄。裏を見る勇気がない俺は、
「テーブルの上に裏返しておいてくれないか。そして、取り乱すかもしれないから、しばらく外に出ていてほしい」
 後ろを向いてそう言った。すぐに、彼女が出て行く気配がした。俺は深呼吸をし、思い切って振り返った。そして、心臓の鼓動が聞こえてくるような緊張感の中、テーブルの上にある運命のカードを見た。
 なんとそこには、表のままのカードが置かれていた。俺はショックで床に崩れ落ちた。覚悟はしていたものの全身の力が抜け、意識が遠のきそうになった。しかし、俺を気遣い、裏を向けられなかった彼女の優しさが、俺にとって唯一の救いに感じられた。
 その時、部屋に戻ってきた彼女の顔は、涙に濡れていた。俺は、たとえこれからどんなことが起ころうとも、この彼女に会えたことだけで満足だと心から思った。
 すると次の瞬間、彼女が微笑んだ。
「よかった、本当によかった。裏も表と同じだったなんて……」
 え! 俺は慌ててテーブルの上のカードを手に取り、裏返した。そこには彼女の言う通り、同じく神々しい図柄が描かれていた。
 館の女は、裏は凶を示す図柄か白紙としか言わなかった。こんなケースがあることを言い忘れたのか……あるいは、起こりえないほど稀なことなのか……
 そして、女は、白紙なら幸運だけが訪れると言った。ならば、裏も幸運ということは、俺は倍の幸運を引き当てたということか!
 道理で、何もかもうまくいきすぎると思った。
 
 
 でも、俺はそれからも、当たるはずの宝くじやギャンブルには一切手を出さなかった。なぜなら、彼女と少しでも長く幸せに暮らせることに、すべての運を使いたいと思ったからだ。
 やがて、俺たちは結婚した。新居の居間には、ふたりの結婚式の写真が飾られている、あの最強の幸運のカードとともに。

作品名:選択の館 作家名:鏡湖