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6.大敗、そして……



 春のオープン戦は続く。
 最初の試合でA学院に圧勝したことが示すように、俺達の実力は確実にレベルアップしていた。
 2部リーグの上位校との対戦でも俺たちは相手を寄せ付けなかった。
 そんな試合が続く中で、俺のハードヒット恐怖症は一向に良くはならないのだが、それでもチームには何の問題もなかった。
 東山のパスが炸裂し、田中が力強く堅実なランを披露する、昨年までは俺だけを警戒していれば良かった相手も俺にばかり関わっていられない、そんな状況の中で、俺は自分のスピードと敏捷性を遺憾なく発揮することが出来、独走ロングゲインを連発した。

 3ヤード、4ヤードを堅実に前進して行く時、勇気を持ってもぎ取る1ヤードは大きな価値がある。
 しかし、一挙に30ヤード前進した時、1ヤードの為にリスクを冒す必要はない。
 1点を争う緊迫したゲームでの1ヤードは貴重だが、大差をつけたときの1ヤードは大した意味を持たない。
 チームが快進撃している時、身体を張って1ヤードを取りに行く姿勢が見えなくとも勢いは止まらない。
 この状況ではハードヒットを恐れないプレーをする必要はない、怪我をしないようにするほうがチームの為にもなる。
 しかし、入れ替え戦に出場して1部のチームと対戦したら?……劣勢の試合で俺が安全なプレーを選択したら、チームは俺を認めてくれるのか? それ以前に勢いを削ぐ結果になりはしないか?
 心に葛藤を抱えながらも、俺の成績も順調に伸びていた。

 そんな中、思いもよらなかったオファーが飛び込んできた。

 1部の強豪校から練習試合を申し込まれたのだ。
 俺達とならばリーグ戦で当たる事もないので新しい戦術や新戦力を試すのに丁度良いと思われたのだろう、しかし、俺達の力を認めてくれている証でもある。
 自分たちの力を試す絶好の機会、とばかりに俺たちは対戦校のグラウンドに乗り込んだ。

 試合は予想以上に厳しいものになった。
 オフェンスラインの差が如実に現れたのだ。
 もちろんウチのラインも健闘していた、しかし、いかんせん体格が一回り違い、パワーでも適わない。
 オフェンスラインが敵のディフェンスラインに押し負けると、敵の2列目、ラインバッカー(*1)たちはラインの隙間から漏れて来て、俺達の陣地内で思う存分暴れることが出来る。
 東山は冷静にプレーしたが、パスを投げようとステップバック(*2)する度に捕まってしまい、陣地を大きくロスしてしまう。
 田中もラインが押し込まれてはロス(*3)しないのがやっとの状態。
 そんな中でも俺のランはある程度通用した。
 ディフェンスラインに捕まってしまえばなす術はない、しかし、山本だけは1部のライン相手でも互角に戦えた、田中のブロックも相手のラインバッカー相手ならば押し込んでくれた。
 そこからは俺の個人技だ、2部相手のようには行かないが、2度のロングゲインを決めてそれぞれをフィールドゴールに結びつけることが出来た……しかし、俺達の得点はその6点だけ、攻撃が封じ込められるのでディフェンスも自陣ゴールを背負うことが増える、そして受身の守備では通用しない、アグレッシブに行こうとしても小さなミスを衝かれてしまう。
 俺たちはなす術もなく敗れた。

 そして、その試合の中、俺もアクシデントに見舞われた。
 密集を抜け出したは良いが、相手のコーナーバック(*4)に捕まってもがいている所にセイフティ(*5)のハードヒットをまともに食らったのだ。
 それっきり試合の記憶はない……。

 俺が目覚めたのは相手校の医務室だった。
 側には由佳がついていてくれた。
 担当医が俺の様子を診察し、細かい注意をしてくれているのだが、その言葉は頭の上を通り過ぎて行くようで頭に入ってこない。
 代わりに由佳がメモを取ってくれていたのだけはわかったのだが……。

「明日になっても頭痛がするようなら大きな病院で検査を受けなさいって……ねぇ、聞いてる?」
 俺は監督が手配してくれたタクシーの中、隣には由佳が座っている。
「ああ、聞いてるよ、でも大丈夫さ」
「どうしてそんなことが言えるの?」
「こんなことは高校時代にもあったからな、あの時の方が酷かったぜ、今日のは捕まって止まってる時のヒットだったけど、あの時は俺もスピードに乗っていたからな」
「そうなんだ……」
「鞭打ち症もあったからしばらく首にコルセット嵌めてたよ」
「そんな目にあってもフットボール続けてたんだ……」
「好きだからな……脳震盪は嫌いだけどさ、まぁ付き物なんで仕方がないよ」
「鷲尾君、気を失ってもボールを離さなかった…」
「まあ、習い性みたいなもんだろうな、ボールを持ってるのは俺でも、ボールを進めたのはチーム全員だからな」
「ごめんね……」
「なんだよ、急に改まって」
「今まで鷲尾君を批判ばっかりしてて……」
「へぇ、どういう心境の変化なんだ?」
「だって……本当の鷲尾君は気を失ってもボールを手放さないガッツがあるのに……ハードヒットを避けるのはチームのことを思ってのことなんだってやっとわかった……」
「あ……いや、それは……やっぱり逃げてたよ……去年までのウチって負け越し続きだったろ?」
「……うん……」
「負けることに慣れちゃってたのかもな……どうせ負けるなら怪我なんかしたら損だとも思ってたよ……今日は悔しかったけどな」
「しょうがないよ、相手は全国から良い選手を集めてるんだもん」
「俺、公立高校だったんだよ」
「知ってる……」
「公立でさ、受験勉強もしなくちゃならなかったけど、大学付属校で練習環境とか体格とかでも断然上のチームと競ってたんだよ……なんか今日はその頃の『負けるもんか』って気持ちが甦ったよ、ぼろくそにやられてたのにな……あの場面でも横から敵が来てたのは見えてた、力を抜けばひっくり返されてハードヒットは受けずに済んだと思うよ、だけどあと1ヤードでファーストダウンだと思ったら何とかあと一歩先へとしか考えなかった」
「……」
「なんかきっかけが見えてきた気がするよ、一朝一夕とは行かないだろうけど、恐れずに当たっていけそうな気がする」
「……」
「なんだよ、由佳もそれを望んでたんじゃないのかよ?」
「……でも……」
「でも、なんだよ」
「倒れて動かない鷲尾君を見たら……怖かった……」
「……」
 俺はなんと言って良いかわからず、黙り込んでしまった。
 隣に座っている由佳がいつもより小さく見えた……。





注釈
*1)ラインバッカー:守備側の2列目に位置し、ラン攻撃と短いパス攻撃に備える、OLBはアウトサイドラインバッカー、MLBはミドルラインバッカーの意、MLBは守備側のクォーターバックとも呼ばれ、ハドルで指示を出します。
*2)ステップバック:クォーターバックがパスを投げる為に後ろへ下がること、通常7ヤードほど下がりながら、パスのターゲットを探します。
*3)ロス:全く前進できず、逆に後退させられてしまうこと
*4)コーナーバック:ワイドレシーバーをマークしてパスを防ぐ役目の選手のこと。
作品名:Scat Back 作家名:ST