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5.春のオープン戦 VS A学院



 東山が「大化け」したことはチーム全体に活力を与えたが、とりわけ2年生の間で顕著な影響があった。
 目の色が変わったのだ。
 それも当然だ、自分たちが1部リーグで戦える可能性が見えてきたのだから。

 東山がいくら成長していてもオフェンスラインが彼を守れなければ実力を発揮できない。しかしオフェンスラインの要はあの山本だ、個々のやる気さえ出てくれば山本がオフェ
ンスライン全体のレベルを引き上げることは難しくない。

 2年生ワイドレシーバーの田辺も栗田の指導の下、ディフェンスを撹乱するカットやフェイントの習得に余念がない。
 元々高さ勝負では絶対的な強みを持つ田辺だ、彼しか取れない高さのパスを正確に投げられるクォーターバックがいるならば、その能力が生きる。
 元々高さは警戒しなければならないから敵ディフェンスもジャンプのタイミングを図らざるを得ない、そこへ持って来て急にコースを変えられれば着いて行けなくなる。

 そして俺のポジション、ランニングバックにも新星が名乗りを上げてきた。
 2年生の田中、彼は俺と対照的に、スピードや敏捷性はそこそこだがパワーで押すタイプ。
 俺が絶対的エースを張っているので、彼はブロックを主な役割とするフルバックを務めていたのだが、ここへ来て俄然欲が出てきた、俺が卒業してしまえば彼がエースなのだから、彼の成長は俺も望むところだ。
 スピードや敏捷性は練習で飛躍的に向上するものではないが、わずかな隙を見つける感覚や迫る敵をかわしたり押しのけたりする技術は伝授してやれる。
 田中はそれを貪欲に吸収して行き、その結果、ブロックの能力も向上して行った。
 すなわち、俺が目指すであろうコースを察知してより効果的なブロックができるようになったのだ。
 その上、俺が軽量故に不得手とする、短い距離を確実に前進する能力は元々高いものを持っている。
 こうしてブレイブ・ブラザースの攻撃力は格段に上がって行った。


 4月、俺たちは4年生になり、東山たちも3年生に。
 そして春のオープン戦が始まった。
 

 初戦の相手は毎年決まっている。
 同じミッション系のA学院大学、春の交流戦が恒例となっているのだ。
 同じ2部リーグ所属だが、昨年秋のリーグ戦では2位、俺たちとは逆に上位との入れ替え戦に臨んだが敗れている。
 A学院は大学の規模そのものが昭和学院よりずっと大きく、部員数も多い。
 昨年秋のリーグ戦で対戦した時は大敗を喫している相手だが、大学全体を挙げて早慶のようなライバル関係にあるとされているので先発メンバーほとんどが4年生だった。


 俺達の最初の攻撃。
 いきなり栗田へのロングパスが通った。
 最後尾のディフェンスが栗田を何とかサイドラインに押し出したものの、ワンプレーで一気に相手陣内30ヤード付近へ。
 そして次のプレー、左に走った俺へ東山がボールを渡すフェイクを入れると、敵はものの見事に引っかかった、タイミングを僅かに遅らせて右方向へスタートした田中は、ボールを受け取ると難なくスクリメージライン(*1)を突破してスピードに乗る、相手ディフェンスは追いすがるが、田中はタックルに来た敵を腕で払いのけあっさりとタッチダウンを奪った。

 相手の目の色が変わったのはすぐにわかったが、飛躍的に向上したオフェンス相手に練習して来たディフェンスもレベルアップしている。
 相手の攻撃をスリー&アウト(*2)に封じ、好位置で攻撃権を得た俺たちは、着実に前進して、フィールドゴールを追加。
 その後も、オフェンスが相手を押し込むのでディフェンスは相手陣内で思い切った守備を展開できる、その結果ディフェンスが相手を封じ込むのでオフェンスは好位置で攻撃権を手にできる。
 全てが好循環。
 相手も最後までベストメンバーで戦ったが、終わってみれば秋の借りを返してお釣りが来る大勝だった。


 『勝って兜の緒を締めよ』
 監督コーチ陣は柔和な表情ながらも細かい点を指摘し、俺たちも気分良くそれに耳を傾けた。
 しかし、意見を求められた由佳だけは俺のプレーに注文をつけてきた。
 やはり「安全運転」に徹していると……。
 しかし、これはオープン戦であり、序盤から着実に差を広げて行った試合、監督・コーチや仲間たちもそれをさほど問題視はしなかった。

 だが、俺にはわかっていた。
 悔しいが由佳の言うとおりなのだ。
 無論、この試合に関してだけ言えば、安全運転でなんら問題はない、しかし、俺はもう安全運転を止めると決めてこの試合に臨んでいた。
 思い切り当たって行くべき場面ではそうするつもりだった、しかし、体が反射的に安全側を選択してしまっていたのだ。
 この時ばかりは由佳に腹立ちは感じなかった。
 もっとも、以前からその腹立ちは自分自身に向けるべきものだったのだが……。 


「ああ、そのことなら気がついていたよ」
 
 A学院戦の2日後、キャンパスで顔を合わせた山本に、俺は自分の意に反して当たって行けなかったことを告白したのだ。
 山本はいつものように淡々と話す。

「2年の頃は意識的にハードヒットを避けていただろう? でも3年の時には無意識にやっていたよな」
「ああ、そうかも知れない」
「毎回後ろから見てるんだ、それくらいわかるさ、お前はほとんどサイドライン寄りのコースを取る、内に切れ込むのは充分にスペースがある場合だけだ、狭くても切れ込んで2ヤード、3ヤードを取りにいくことはしない、追い詰められればあっさりサイドラインを割るよな」
「やっぱりお前の目はごまかせないな……それはオフェンスラインの共通認識か?」
「さあな、俺はそれを持ち出したことはないからな……でもコーチ陣は確実に気づいているよ、話し合ったこともある」
「それで……?」
「正直に言おう、俺はお前のそう言うところが気に食わない、俺たちオフェンスラインはお前を走らせる為に毎日練習して試合でも身体を張っている、しかし、お前はそうしないんだ」
「そうだな……当たり前の感想だな」
「だけどそれをお前に強要することはしないとも話し合った」
「どうして……」
「お前もわかってるだろう? 身体を張らなくてもお前は誰よりもボールを前に進められる、お前が怪我でもしたらウチの攻撃力はガタ落ちだ、同じタイミングで田中の為に道を空けてやったとしよう、田中が5ヤード進めるのと同じ条件でお前なら10ヤード進める、田中が20ヤード進める状況なら、お前は独走タッチダウンを決めてくれる、多少の所は目をつぶってもお前がいなけりゃウチはまともに戦えない」
「でも今年は違うよな……」
「ああ、東山のパスがある、以前の田中だって1ヤード、2ヤードがどうしても欲しい時はお前より頼りになった、今の田中なら小さな穴さえ開けば5ヤードは見込める……独走するスピードはないとしても東山のパスがあればそれは補える」
「だとすると、俺はもう要らないな……」
「そんなことはないぞ、お前のランは今だって警戒されてる、田中の最初のタッチダウンだってディフェンスがお前に釣られて動いたから生れた、第一、お前はおとといだって100ヤード以上稼いでるじゃないか」
「それはそうだが……」
作品名:Scat Back 作家名:ST