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2.ランニングバック・鷲尾



 残り時間3秒、我々、昭和学院大学ブレイブ・ブラザースは敵陣5ヤード地点まで攻め込んでいた。
 点差は4点、フィールドゴールの3点では届かない、タッチダウンを決められれば勝ち、止められれば負けだ。
   
 泣いても笑ってもこれが最後のプレーになる。
 ボールがスナップされ、両チーム併せて22人が一斉に動き出した。
 ボールを受けた俺は、仲間が敵をブロックしてくれるガツガツという音が飛び交う中、コーナーパイロン目指して突っ走る。
 そして敵も俺をサイドラインからはじき出そうと迫る。
 しかし、俺のスピードが勝った。
 身体は外に飛び出しながらも空中で腕を伸ばしてコーナーパイロンをボールで叩いた。
 タッチダウン!
 残り時間はゼロ、劇的な逆転サヨナラ勝ちだ!
 サイドラインで見守っていたコーチや仲間たち、俺に劇的なタッチダウンを決めさせてくれたフィールド内の仲間たちがボールを高々と掲げた俺に群がり、歓喜の輪が出来た。

 ……もっとも、2部リーグ戦(*1)で最下位となった我がブレイブ・ブラザースは3部リーグ優勝チームとの入れ替え戦に臨んでいたのであって、薄氷の勝利で2部残留を決めたに過ぎなかったのだが……。
 しかし、来年は俺も4年生、何はともあれ最後のシーズンも2部で戦えることに安堵し、満足していた。

 
 関東学生アメリカンフットボールリーグ。
 1部の強豪校ならいざ知らず、2部の、それも例年下位を彷徨っているウチのような大学ではフットボール経験がなく、大学でフットボールを始めた部員が大半を占める。
 一方、俺はと言えば、公立進学校ながら常に好成績を収める高校のエース・ランニングバックだった、ランニングバック(*2)と言えばボールを持って走る花形ポジション、実を言えば大学からの誘いもあるにはあったのだが、学力的に物足りない大学、卒業後にフットボールで飯が食えるはずもないのでそこを断り、受験を経て昭和学院大学に入学したのだ。
 2部リーグ所属と言うのもむしろ魅力的だった。
 1部の強豪校でもやれるだけの自信はあったが、2部の大学ならば1年生からエース・ランニングバックの座を狙えるという皮算用もあったのだ、まあ、打算と言えば打算だが……。
 果たして、入学と同時に俺はエース・ランニングバックに抜擢され、秋の公式戦では例年下位を彷徨って来たチームを勝ち越しまで導くことが出来た。
 
 無論、それは俺一人の力ではない。
 そもそも経験者がめったに入部して来ないチームが2部を維持することもそんなに簡単なことではない、ブレイブ・ブラザースでも練習はそれなりに厳しいし、コーチ陣も充実している。
 ボールを持って走り、チームを前進させるのはランニングバックの俺、記録上も俺が得点を挙げた事になる。
 しかし、俺が縦横無尽に走り回れるのは他の10人の献身があってこそ。
 そんなことは百も承知のつもりだった。
 俺の武器は40ヤード・約36mを4秒6で走りきるスピード(*3)と鋭いカットで敵を抜き去る敏捷性。
 それだけを取り上げれば本場アメリカの大学でトップクラスのランニングバックと比較してもそう遜色はないレベルだ。
 しかし、俺は170センチ60キロ、フットボーラーとしては小柄だ、大柄な敵に囲まれてしまえばなす術はない。
 つまり、俺が自分の特長を遺憾なく発揮するには他の10人の献身が必要と言うわけだ、しかし、一旦密集を抜け出してスピードに乗ってしまえば2部リーグの選手では俺を止めるのは難しい、俺は思う存分スポットライトを浴びることが出来た。
 
 自分のプレーを賞賛され、お前がエースだと持ち上げられ、スタンドで観戦する女の子たちに黄色い歓声を浴びせられているうちに、俺はいつの間にか慢心してしまったようだ。
 俺は先輩たちのプレーにも文句をつけるようになってしまった。
 俺が活躍することがチームの為にもなる……それは間違っていないが、『俺だけ』が戦っているわけじゃない。
 そんな当たり前のことも見失っていた。
 二年目のシーズン、三年目のシーズンと俺はいつしかハードヒットを避けるプレーをするようになってしまった。
 そのことには俺自身も気づいていたが、コーチやチームメイトからも文句は言われない。
 なぜなら他の10人の献身的なプレーを最も効果的に生かせるのは俺だから、俺のスピードと敏捷性、そしてフットボールセンスはチームにはどうしても必要なものだったから。
 俺はそれに甘えてしまっていたのだ。
 
 しかしそんな俺に文句をつけて来る奴が一人だけいた……。
 
 
 
 
 
 
 *1)現在の関東学生リーグは1部にトップ8とビッグ8の二つのリーグがあり、実質的に1部、2部リーグとなっていますが、本作ではわかりやすく1部、2部としました。
 *2)昨今は通常エースをランニングバックと呼び、エースを補佐、補完する役目をフルバックと呼ぶことが多くなっています、とにかく主人公はボールを持って走る花形であると理解していただければ問題ありません。
 *3)40ヤードは36メートルですので、「遅いじゃないか」と思われるかもしれませんが、ボルト選手でも36メートルでは4秒2位です、主人公は100mなら10秒台の俊足だと理解して下さい。

作品名:Scat Back 作家名:ST