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マル目線(後編)]残念王子とおとぎの世界の美女たち

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泡になるか、王子の命か、それとも…


昼下がりになると、続々と華やかな装いの貴族のご子息やご令嬢が到着した。

王子はひとりひとりと、挨拶する。

ご子息は、王子の命令通り女性に人気のある方達を20人選び、ご令嬢も同じ数を呼んだ。

ご令嬢は皆、王子の直接の出迎えと挨拶に舞い上がり、中には卒倒する者まで出た。

王子はうんざりした表情を一瞬見せながらも、にこやかに対応している。

そして招待客すべてが揃うと、王子は人魚姫を迎えに行った。

部屋へ入ると、人魚姫は海底を思わせる深い青色のきらびやかなドレス姿で王子を出迎えた。

もう先程までのように、抱きついてこない。

女官が教えたのか、この国の女性の敬礼で王子を出迎えた。

王子は満足そうに微笑むと、人魚姫の手を取り会場までエスコートした。

女官も、その後ろから付き従う。

人魚姫は何かを探すように、辺りを見回した。

(何か探してる?)

人魚姫が王子に声をかけようとしたその時、会場の扉の前に到着した。

扉前の侍従が一気に扉を開け放つと、音楽が鳴り響き、一斉に歓声が起きた。

会場に足を踏み入れると、色とりどりの花びらが舞い、シャボン玉が弾ける。

小規模なパーティーにも関わらず、想像以上に華やかな会場の雰囲気に、人魚姫は戸惑いながらも瞳を輝かせた。

そんな会場の中央を堂々と歩く王子は、際立った美しさを放っており、招待客も男女問わず見惚れている。

王子が会場の一番奥までたどり着き、皆の方を振り返った瞬間、音楽が止んだ。

賑やかだった会場が一気に静まり返る。

王子はそんな皆を見渡すと、柔らかな微笑みを浮かべて、今回のパーティーの目的と主役である人魚姫を紹介した。

「ぜひ、皆で姫をもてなしてほしい。」

王子は言いながら、ワイングラスを高く掲げた。

「乾杯!」

王子の掛け声と共に乾杯の声が会場中にあがり、再び音楽が演奏され始めた。

王子は人魚姫の手を取ると、ホールの中央まで導き、ダンスに誘う。

王子がホールの中央に立つと、音楽がワルツに変わった。

けれど、人魚姫はジッと立ったままだ。

そんな人魚姫の腰に手を回し、王子が人魚姫に身を寄せると、人魚姫は大きく目を見開いた。

顔が真っ赤になっている。

王子はそんな人魚姫の耳元に唇を寄せて、囁いた。

「ダンス、知らないんでしょ?僕がリードするので、身を任せて。」

通訳の女官は、さすがにここまでついてこれない。

言葉は通じてないものの雰囲気で理解したのか、人魚姫はぎこちなく頷いて、王子に寄り添う。

王子はゆっくりとステップを踏み、人魚姫を巧みにリードしていく。

美男美女がホールの中央で踊る様
は、この世のものとは思えないほど美しく、その場にいた全員が二人に注目した。

人魚姫を見れば、王子の腕に抱かれてうっとりとしている。

けれど王子は、一曲終わると人魚姫から即座に体を離した。

「では、僕はお客様のお相手があるので。姫もご自由にお楽しみください。」

一方的に敬礼すると、人魚姫の返事も待たずに、さっさと別のご令嬢の元へ行ってしまう。

王子が離れたことで慌てて人魚姫に駆け寄った女官が、心配そうに人魚姫を見た。

人魚姫はその場に立ち尽くしたまま、美しいご令嬢と楽しく談笑する王子をジッと見つめている。

「姫、先ほどのダンス、とても美しかったです。」

そんな人魚姫に、ひとりの男性が声をかけた。

(海底国の言葉を話せるんだ…。)

それは海辺の侯爵のご子息だった。

王子とは違った精悍な顔立ちにがっしりとした体躯のたくましい男性で、騎士としての能力が高く、今は王様の近衛隊長を務めている。

王子よりずいぶん年上だけれどまだ独身で、王子派か近衛隊長派か、と女性の人気を二分していた。

(海底国の言葉まで話せるなんて、知らなかったなぁ。)

海底国の言葉を話せることで人魚姫の表情が輝いた瞬間、王子が遠くからその様子を横目で見て悪い笑顔を浮かべたのを私は見逃さなかった。

(そういうこと…。)

今回の王子の目的が、ようやくハッキリとわかった。

(意外に狡猾なことをするなぁ。)

私は、王子の頭上に移動する。

そちらから人魚姫のほうを伺うと、近衛隊長と笑顔で筆談する人魚姫が見えた。

王子は人魚姫の視線がそれたのを確認すると、ワインを持って足早にバルコニーへ向かう。

私も後を追って、バルコニーにせりだした樹上へと移動した。

王子はバルコニーの手すりに肘をつくと、眼下に広がる夜の海を見下ろす。

そしてワインを一口飲んで、大きなため息を吐いた。

「疲れた…。」

ポツリと呟いた王子は、本当に疲れているようだった。

(いつもの王子に戻ってる…。)

招待客の前で見せていたキリッとした姿が本来は王子として当然の姿なのだろうけれど、私はやはりこの頼りない王子のほうが王子らしくて安心する。

「何か甘いものでも持ってきましょうか?」

樹上から声をかけると、王子が驚いたようにこちらを見上げた。

「マル、そこにいたのか。」

「…王子様。」

王子の言葉に、若い女性の声が重なった。

声の方をふり返ると、貴族のお嬢様方が勇気をふりしぼって近づいてくるのが見えた。

王子は私を見上げてうんざりしたため息をついた後、すぐにお嬢様方に笑顔を作った。

そんな王子の美しい笑顔を至近距離で見たお嬢様方は、口元を手で覆い、王子から視線を逸らす。

でもチラチラと王子を見上げ、もじもじしていた。

『どうすりゃいいの、これ。』

王子は唇の動きで私へ訴えてくる。

『慣れてるでしょ。適当にあしらったらどうですか。』

私が口の動きで答えると、王子が頬を膨らませた。

『おまえ、僕の従者でしょ。なんとかしてよ。』

言いながら、王子が睨んでくる。

(もう、仕方ないなぁ!)

私はホールの軽食コーナーに降りると、デザートをお皿に盛って、飲み物と一緒にバルコニーへ持っていった。

「王子、お疲れでしょう。少しゆっくりされてください。」

王子の足元に跪いてお皿を掲げると、王子が満足そうににっこりと微笑む。

「少し、人酔いをしてしまってね。助かるよ、マル。」

私が近くのテーブルにそれらを置くと、王子は椅子に優雅に腰かける。

私はお嬢様方の前に跪いて、頭を垂れた。

「お嬢様方もあちらのテーブルにデザートをご用意致しますので、良かったらどうぞ。」

王子のいるテーブルを指差すと、王子が驚いた表情で私を見る。

『なんでだよ!』

唇の動きで文句を言ってくるけれど、私はそれを無視してテーブルにデザートと飲み物を次々と運んだ。

するとお嬢様方が喜んで、テーブルにつく。

「お食事もお持ちしましょうか?」

王子に笑顔で訊ねると、王子が怒った目付きのまま笑顔で答えた。

「お願いしようかな。皆も、良かったら一緒に。」

さっきまでの頼りなさはなりをひそめ、すっかりよそ行きのキリッとモードに切り替えている。

王子の誘いに、お嬢様方はきゃあっと小さく悲鳴をあげた。

私は笑顔で頭を下げると、再びホールへ戻った。