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[マル目線(前編)]残念王子とおとぎの世界の美女たち

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王子の本質


「え?毒リンゴ食べて死んじゃったの?」

最近仲良くなった姫に会いに行った王子が、声をあげた。

そしてガラスの棺桶の中で眠る姫のそばに跪く。

「…。」

王子は両手を組んで祈ると、踵を返してリンちゃんに跨がった。

足元にわらわらと小人たちが群がる。

「王子様、姫を助けてくださらんのですか!?」

王子はその言葉に、首を傾げた。

「だってもう亡くなってるのに、どうやって助けるの?」

「王子様の口づけがあれば…」

「え!?死体に口づけするほど僕は変態じゃないよ!…それより、姫の白い肌に似合う花を摘んでくるから。」

そう言いながら、森の中へ入って行く。

私は、音を立てずに王子の後を追った。

王子は森の中を無言で進む。

(いつもならリンちゃんに色々話しかけるのに…。)

私の胸がきゅっと締め付けられた、その時。

「マル、いるんだろ?」

いつになく、低い声で言う。

影で護衛をしていて、初めて声を掛けられた。

私はそっと王子の前に降り立ち、跪く。

「かしこまらなくていいよ。」

王子は私を一瞥すると、ゆっくりとリンちゃんを歩ませた。

「口づけ…したら助かるのなら、すべきかな?」

王子は珍しく気弱な声色で呟く。

私はリンちゃんの手綱を掴んで、前を先導しながら王子をふり返った。

「私は王子の判断が正しいと思います。まぁ変態発言はいかがかと思いますが、毒リンゴを食べて亡くなられたのなら、その唇にはまだ毒物が付着している可能性が高いですから。口づけは、危険だと思います。」

すると、王子の瞳が少し光を取り戻す。

「そうだよね!あとでそう言おう!」

元気になったようなので、きっと私は用済みだろう。

私は王子に一礼すると、姿を消した。

「あっ。」

王子は小さく声をあげたけれど、再び無言になったので、私は樹上から王子の護衛を続けた。

王子は冠を外して短めの金髪をかきあげる。

私は再びその横に静かに降り立つと、ハンドタオルを差し出した。

「…ありがと…。」

「私が今朝、お着替えの時に用意していたハンカチはいかがされたのですか?」

私のハンドタオルで汗を拭いながら王子はハッとした顔をし、ポケットを探る。

「あった…ごめん。」

ふてくされた声色で言いながら、ハンドタオルをつきかえしてきた。

私はそれを受け取ると、また一礼して樹上へ戻る。

そして樹上で、返されたハンドタオルをぎゅっと握り、胸にそっと抱きしめた。

「嫌みなんだから!」

そんな私の足下で悪態をつく王子は、すっかり元気を取り戻したように見える。

ようやく花畑についた王子はリンちゃんから降りると、あたりをぐるっと見回し、少しの間考えた。

そしてイメージがまとまったのか、色とりどりの花を手早く摘んで美しく束ね、華やかなブーケをあっという間に作る。

(こういう特技が、もっと活かせたらいいのにな。)

思わず王子の将来に思いを巡らせた私の足下で、王子はリンちゃんに跨がった。

そして大きな美しいブーケを持って、再び姫の元へ戻る。

「王子様!やっぱり口づけを…。」

王子の姿を見つけた小人たちが、一斉に駆け寄ってくる。

王子はリンちゃんから降りると、小人たちに告げた。

「だって、毒リンゴ食べて亡くなったんでしょ?だったら唇に毒物が付着してるかもしれないじゃない。そこに口づけたりしたら、僕まで死んじゃうかも。」

言いながらガラスの棺桶の蓋を開けて、姫の胸元にそっとブーケを捧げる。

そして彼女の黒い髪を整えてやると、そっと額に口づけた。

「安らかに、眠られよ。」

指を組んで祈ると、再びそっと蓋を閉じた。

そして小人たちに向き直る。

「僕だって、姫が助かるなら助けたい。でも、それで自らの命が危うくなるなら申し訳ないけど、それはできない。だって、うちの国は後継者が僕しかいないから。僕は、国に対して責任がある。僕ひとりの身ではないのだ。」

小人たちは、黙ってうなだれる。

「姫が美しいうちに、埋葬してやってほしい。また、僕もお墓参りに来るから。」

そこまで言うと立ち上がり、リンちゃんに跨がる。

もう、小人たちは追ってこなかった。


この日以来、王子は気分が沈みがちになった。

「はぁ…。」

今日何度めのため息か…。

「王子。」

私が声を掛けると、心底面倒くさそうにこちらを見る。

「王様がお呼びです。」

「父上が…?」

滅多にない呼び出しに、王子は表情を強張らせる。

「色々お心当たりがあって行きたくないでしょうが、お待たせするとまた無駄に叱られるネタを作ってしまうので、潔くさっさと行かれることをおすすめします。」

王子はムッとした顔で立ち上がると、私を一瞥して部屋を出た。

心配なので、私も天井裏から王子に付き従う。

王の謁見部屋に行くと、王子は片膝をついて深々と頭を下げる。

「父上、お久しぶりです。」

「おお、王子。元気そうだな。」

思いの外、機嫌の良い声色で王様が両腕を広げる。

「本日呼び出したのは、おまえに初めての外遊に行ってもらおうかとおもってな。」

王子は驚いて顔を上げる。

「外遊!?」

王様はうむ、と威厳のある笑顔で頷く。

「隣国までなので、一週間ほどの短いものだ。隣国とは友好関係にあるし、初めての外遊とは言っても旅行のようなものかもしれぬな。」

けれど、王子の顔は晴れない。

(だってね…。)

「ち…父上…。実は…。」

王子が言葉を詰まられせながらも、勇気を出して王様に正直に話そうとすると、王様は手を挙げてそれを遮った。

「ああ、案ずるな。存じておる。」

王様はニヤリと笑みを浮かべながら、こちらを見上げた。

「マル、おるのであろう?」

その瞳は、天井裏に潜む私をまっすぐにとらえており、私は驚いた。

(私の居場所がわかるなんて、王様…意外に…!?)

戸惑いながら私は飛び降りると、王子の斜め後ろに跪く。

王様は玉座から降りると、階段をゆっくりと降りてこちらに来た。

そして王子の前にかがみ、私へ顔を寄せる。

「マルは、5カ国語喋れるのであろう?」

その顔には悪戯な笑みが浮かんでいる。

「…恐れながら、こちらにお仕えしているうちに、6カ国語に増えましてございます。」

王子が驚いて、私をふり返る。

「はははっ!やはりおまえはこやつの護衛ごときにしておくには勿体ないな!」

王様はそう言いながらも、王子を見つめる瞳は暖かく優しい。

その表情を見て、私は頭領…父上のことを思い出した。

父上は歴代最強の忍として名を馳せているけれど、母上と結婚してからは実質、忍の任務からは退いている。

今まで忍は、親兄弟であっても平気で殺し合えるように、情を交わすことを禁じられていたけれど、父上はそんな忍の常識を全て覆した。

母上を大事にし、子ども達にも深い愛情をかけて育ててくれた。

だから今回、私が王子のことを話した時に、私が一族に縛られないように廃嫡にしてくださったのだ。

(幼い時から、父上は私を頭領にと望んでくれていたのに…。)