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③銀の女王と金の太陽、星の空

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第十一章 余韻



隣で人が動く気配がして、目を覚ました。

目を開けると、視界いっぱいに空の顔が見える。

長い鉛色の睫毛が白い頬に影を落とし、ゆるく開いた唇からは規則正しい呼吸が繰り返されている。

どうやら空の寝返りで、目が覚めたようだ。

(空の睫毛、黒じゃないんだ…。)

よくよく見ると、髪の毛の生え際が、うっすら銀色だ。

(もしかして、空って銀髪?)

至近距離で、空の寝顔を見る。

その端正な顔立ちは非の打ち所がなく、白い肌は陶器のようにきめ細かくすべすべで、うっすらと赤みがさしている。

(女性でいることをお詫びしたくなるくらい、本当にキレイ…。)

ゆるく開いた唇も、整った形で思わず触れたくなる衝動にかられた。

そっと口づけをすると、空の睫毛がふるえる。

そしてゆっくりと開いた切れ長の瞼から、黒水晶の瞳がのぞく。

「おはよ、空。」

私が笑顔で挨拶すると、いまだ覚醒しきれていないのか、うっとりとした瞳で私をジッと見つめる。

ゆらぐ黒水晶の瞳が色っぽく、まじまじと見つめられると鼓動が早くなる。

「聖華…。」

名前を呼ばれると同時に、吐息がかかった。

でも、なんの香りもせず、私はとたんに寂しくなる。

(空という記憶を五感と体に刻みつけたいのに…。)

「体、大丈夫?」

少し目付きがしっかりしてきた空は、私の頬に口づける。

空の問いで、私は自分の深いところに空と繋がった余韻がまだ色濃く残っていることに気づいた。

「…空が、残ってる。」

思わず口をついた言葉に、私はハッとして慌てて空に背を向けた。

(恥ずかしすぎる!)

その瞬間、空に後ろから抱き締められた。

「良かった。」

低い艶やかな声は、わずかに笑いを含んでいる。

私を抱き締めながら、耳の後ろに顔を寄せた空は深呼吸をした。

深く長く吐かれた空の吐息の熱さを耳の後ろから首にかけて感じ、昨夜のことを思い出して鼓動が跳ねる。

「聖華が、俺の香りになってる。」

嬉しそうに呟かれ、私は胸にまわされた空の手に自分の手を重ねた。

「ほんと?」

「ほら。」

言葉と同時にくるっと体を反転され、空と間近で向き合う。

空はそのまま私の首筋に顔を埋めると、後頭部の髪の生え際を強く吸うように口づけてきた。

「ん…。」

甘い痺れが背筋に走り、口から甘さを含んだ吐息が漏れる。

「きれいだな、聖華は。」

顔をあげた空は私を眩しそうに見つめると、銀髪を一束つかみ、そっと口づけた。

「ほら、髪の毛ももう俺の香り。」

その言葉に私は、自分の髪の毛をつまんで嗅いでみる。

(香り…する?)

なんの香りも感じられなくて、私はそのまま空の首筋に鼻を寄せた。

(うー…ん。やっぱりもう何も香らない。)

ガッカリしながら顔をあげると、空がいたずらっぽく微笑んでいた。

「忍は、香りがないことが『香り』。」

「…あ、そうか。」

嬉しくなった私は、満面の笑顔で頷いた。

そのとたん、空に力強く抱き締められる。

そして深く口づけを交わす。

(もう、溶けてしまいそう…。)

うっとりと顔の角度を変えながら口づけをしていたその時、空気が動く気配がした。

誰かが私室へ入ってきたようだ。

「聖華、起きてる?朝だよ。」

透明な声と、微かなカモミールの香りが漂ってくる。

「昨日は精神的にも疲れただろうからな。」

ハスキーな声もする。

私と空は顔を見合わせる。

そうこうしているうちに、カチャカチャと陶器の音と、カモミールの濃い香りがしてくる。

そしてついに、寝所のカーテンがめくられた。

「起きろ、聖華。」

ハスキーな声と共に、長い銀髪の男性がこちらをのぞく。

そして、三白眼の瞳と目が合う。

いつもは細い一重のその瞳が、これでもかというくらい大きく見開かれた。

「聖華、起きていました?兄上。」

透明な声も近づいてくる。

その瞬間、銀河はカーテンを閉めた。

「も…もう少し寝かせててやろう!」

足音と共に二人の気配が遠ざかる。

「え?でももう起こさないと謁見なども…。」

「大丈夫だ!たぶんもうすぐ起きる!とりあえず、カモミールティーはこのまま置いててやろう!」

「えええ?部屋を出るんですか?」

太陽の言葉を切るように、扉が閉まる音が聞こえた。

私と空は顔を見合わせると、ふっと同時に吹き出した。

「優しいな、銀河王子は。」

空が切れ長の黒水晶の瞳を、三日月にして綺麗に笑う。

「空にとっても、『兄上』だよ。」

言いながらその整った笑顔を、私はジッと見つめて目に焼き付ける。

私の言葉に、空はこの上なく優しい笑顔を向けてくれる。

また、いつこんなふうに会えるのかわからないし、こんな笑顔を見れるかわからないから、今を心と体と記憶に焼きつけたかった。

(この、空と繋がった余韻もずっと残ればいいのに…。)

知らないうちに切ない表情になっていたのか、空が笑みを消し、私の顔をのぞきこんだ。

「聖華?」

私は慌てて、笑顔を作る。

「せっかくだから、カモミールティーを飲んでいく?」

空は一瞬私を見つめた後、複雑な笑顔を浮かべた。

「また、太陽王子の香りに戻るの?」

その甘えるようなわがままを言ってるような表情が新鮮で、私の鼓動は一気に高まる。

「…じゃあ…また空の香りに変えにきて?」

少し声を上ずらせながら言った私の言葉に、空は目を見開く。

そして、その表情を複雑に曇らせながら熱の宿った瞳で私を見つめた。

「意外に、魔性だな…。」

言い終わらないうちに、深く口づけられる。

「また、太陽王子の香りに身を包んで、俺に抱かれようなんて…。」

私のすべてを奪い尽くすような激しい口づけの合間に、空は低く唸るように言う。

「…やきもち?」

空の激情に精一杯応えながら、空の唇が離れた瞬間に呟いた。

空は一瞬、私と視線をかわすと、再び荒々しく口づけてくる。

また、『次』があるのかもわからない。

それがわかっているので、『今』をお互いに精一杯焼き付けようとした。

そしてその余韻を少しでも長く感じていたいからこそ、日常の香りを手にすることが躊躇われた。

このまま永遠に二人だけで過ごしたい。

でも、お互いに、そうはいかない。

「謁見と…涼の尋問がある…。それに、突然カモミールの香りをまとわないのは、怪しまれるから…。」

私はそう呟くと、空の胸を押してその瞳をジッと見つめた。

お互いにしばらく見つめあった後、額を合わせて別れを惜しむ。

空は再び私の首筋に顔を埋めると、香りを確認するように深呼吸した。

そして顔をあげると再び見つめあい、笑顔を交わす。

それから、どちらからともなく衣服を整えた。

金属のぶつかる音にふり返ると、空が武器のついたベルトを腰に巻いていた。

そして刀が2本ついたベルトを、袈裟懸けにする。

すっかりいつもの姿に戻った空は、口元を黒い布で覆い、冷ややかな無表情になっていた。

「先に、行ってる。」

言葉と共に、その姿は消えた。

私がカモミールティーを飲むのを、見たくなかったんだろうか…。