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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅷ

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第七章:ブルーラグーンの資格(4)-飛び立つ蝶



 美紗がようやく吉谷綾子と面と向かって話ができたのは、その日の昼休みも終わろうかという頃だった。食事を終えて戻ってきたらしい吉谷を、美紗は第1部の部屋の入り口で捕まえた。
「異動のお話、もう決まってしまったんですか?」
「美紗ちゃん、ずいぶん『耳』がいいのね。まだ公になってない話なのに。誰から聞いたの? メグさん?」
 親しい後輩の名前を挙げた吉谷は、いつも通りの朗らかな顔をしていた。涼しげなアイボリー色のスーツが、人目を引く容姿によく似あっている。
「いえ、日垣1佐が……」
「あら、あの人、意外とおしゃべりなのね。私には『まだ喋るな』って言ってたくせに」
「断れなかったんですか?」
 美紗は眉根を寄せて、自分より十五センチほど背の高い相手の顔を見上げた。艶やかな大きな目が、不思議そうに見つめ返す。
「断る? なんで?」
「やり方が一方的だって聞いて……」
 吉谷は、周囲をちらりと見回すと、美紗を促して廊下に出た。少し歩き、人気の少ない建物の端のほうに移動した。
「さすが、1部長のおひざ元にいると詳しいのね。もしかして、日垣1佐と今の空幕副長の関係も知ってる?」
 美紗は唇を硬く引き結んで頷いた。上官の人間関係に巻き込まれた格好の吉谷は、選択の余地なく人事異動を受け入れたのか。それとも、日垣貴仁のために、敢えて空幕行きを選んだのか……。
「まあ、あの副長のことは、それなりに噂は聞くわね。我儘で強引らしいし。そういう人、たまにいるけど、はっきり分かりやすい分、私はあまり苦手じゃないかな。レセプションで話した時も、噂ほど悪い印象じゃなかったし。空幕にも知り合いは多いから、大丈夫よ」
吉谷はいたずらっぽく笑った。そして、美紗のほうに顔を寄せ、声を低めた。
「それに、いつかは語学系の職に戻りたいなと思ってたしね。そういう関係の所に定時上がり前提で受け入れてもらえるなんて、好条件もいいところよ」
「前にいらした8部で、そういう配慮はしてもらえないものなんですか? 全く違うところに行くより、その方がやりやすいんじゃ……」
 美紗の遠慮がちな意見に、吉谷は肩をすくめてため息をついた。