小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

過去からの訪問者

INDEX|1ページ/1ページ|

 
「そういうわけでよ、○○橋を渡ってる時は後ろから声をかけられても決して振り返っちゃいけねぇって話だ」
「……それで終いかい?……八つぁんや、今の話はあんまり怖くはなかったな、話もそうだがお前さんみたいにべらんめぇだと怖い話も怖くは聞こえないよ……いいかい? 蝋燭を消すよ」

 夏の蒸し暑い夜だ。
 長屋の連中でひとつ怖い話でも持ち寄って涼もうじゃないか、と大家の家に集まっている。
 どうせなら趣向があったほうがいい、と言うわけで百本の蝋燭を灯し、今、九十八本目の蝋燭が吹き消された。
 百物語……怪談を一つする度に一本づつ吹き消し、百本目の蝋燭が消えた時、何か恐ろしいことが起きる、という言い伝え。
 集まっているのは十人、一人が十話も語ろうと言うのだからさして怖くない話も多いが、中にはぞっとする話もある、八つぁんの様に話が下手なのもいるが、中には中々に怪談上手もいる。
 怖い話を上手く語っても蝋燭が煌々と灯っている間はそう怖くはない、しかし、残り少なくなってくるとさして怖くない話でも不気味に聞こえて来る、蝋燭は残り二本、もう天井裏に、床下に、化けものが出番を今か今かと待っているような心持さえしてくる。


「……その男が出て行った後にですよ……何だか気味の悪い野郎だったな、と、ふとそいつが座っていた座布団を見ますとね……ぐっしょりと濡れていたんです……」
 九十九話目の話はかなり怖かった、また、話し手も怪談上手、座は凍り付いたように静まり返っている。
「いや、ご苦労様、怖い話だったねぇ……いいかい?蝋燭を消すよ……これで残りは一本だ、どうするね? すっかり涼しくもなったことだろう、ここでお開きという事にしようじゃないか」
「いや、大家さん、せっかく百本蝋燭を立てたんだ、最後までやろうじゃありませんか」
「私はもう結構ですよ、大家さんの仰るとおりにお開きにするがいいかと思いますな」
「肝っ玉の小さい野郎だねどうも、化けものなんざ出やしねぇよ、出たところで俺がふん縛っちまわぁ」
「八つぁんは威勢がいいね、さて、どうしたものか……百話目を語ろうと言う者はいるかい?……いや、これは又聞きだから確かとは言えないがね、あたしの知り合いの長屋でね、今夜と同じように百物語をして百本目の蝋燭も消した……ところが何も起きやしない、なぁんだ、と一同家に帰って寝たんだがね、あくる朝起きて来ない者が居る、どうしたんだろう?って開けてみるとね……死んでるんだ……それも目をかっと見開いてね……考えてみるとその男が夕べ最後に話をした男だった……ってぇ話もあるんだ……おっと、こいつは百話目じゃないよ、蝋燭も消さない、あたしが最後の話し手になるのは御免だからね……どうだい? 我こそはと名乗り出るものはいるかい?」
「……よろしければ私が……」
 座敷の隅から声がする。
 既に最後の蝋燭は燭台にへばりつく程に短くなり、明かりはゆらゆらと心細くなっていて男の姿もゆらゆらと揺らめくよう……。
「お前さん、長屋の者じゃないね……どこの誰だい? どうやって入って来た?」
「……」
 男は大家の問いに答えず、なにやら冷たい風が座敷を通り抜けたような心地がして一同は声を失うが、八つぁんのだみ声が沈黙を破る。
「大家さんのお知り合いじゃねぇんですかい? はなっからそこに居やしたけどね」
「そ……そうかい? あたしはまるで気づかなかったが……」
「いいじゃありませんか、大家さん、どこの誰かはわからなくても盗人の類じゃなさそうだ、百話目を語ってくれるってんなら語って貰おうじゃありませんか」
「みんなそれでいいかい?……いいだろう、ただし、話が終わっても蝋燭は吹き消さない、それでどうだい?」
 一同が同意して男が語り始める。

 男が語り出したのは壇ノ浦で滅亡した平家の話、船を操っていた船頭が真っ先に矢で射られ平家は窮地に、女子供が次々と海に身を投げ、果敢に戦った平家の武士も討ち死にして行く……その場面をまるで見てきたかの様につぶさに語る、平家の無念がひしひしと伝わり、女子供の悲鳴も聞こえてくるよう……一同は背筋が凍る思いで聴き入っている……。

「……その後、壇ノ浦で捕れる蟹の甲羅には平家の武士の顔が浮かんでいると言われています……私は今でもその無念が海の底に深く沈んでいる……そう思うんですよ……」

 男が口を閉じても誰も言葉を発しない……凍りついたようなその静寂を破ったのはやはり八つぁんだった。
「へへ、まるで見てきたみたいじゃねぇか、上手いねぇ、作り話が」
「作り話じゃございません」
「冗談言うねぇ、そいつはいってぇ何百年前の話だよ、ほんとに見てきたわきゃぁねえじゃねぇか」
「私とて実際に見たわけではございませんが……」
「ほれ見ねぇな」
「でも私はその方たちにお会いしたのでございますよ」
「会っただと? そいつもおかしな話じゃねぇか」
「信じていただけないなら、それはそれで仕方がありません、私は私の語りを聴いて頂きさえすれば良いのです……」

 その時、百本目の蝋燭が燃え尽きる寸前の輝きを放ち、男の顔を照らし出した。
 剃髪を施した僧形、光を宿さない瞳……そして耳のあるべき部分にはただの穴二つ……。

 蝋燭が燃え尽き、闇の中からじゃらんと琵琶の音が響いた。


(終)
作品名:過去からの訪問者 作家名:ST