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[王子目線]残念王子

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惹かれる気持ち


翌日。

僕は、リンちゃんとまた果樹園を訪れた。

背の低い樹木の下を、リンちゃんを引きながら歩く。

すると、昨日と同じ歌声が聞こえてきた。

「やあ。」

僕が声を掛けると、彼女はちらっとこちらを見て頭を下げるが、またすぐに作業に戻る。

相変わらず愛想がない。

僕は彼女のそばに寄ると、訊ねた。

「おすすめの果実はある?」

すると、彼女は目線をさ迷わせ樹木を見渡した後、梯子から降りてどこかへ歩いていった。

そしてすぐに赤い果実を5つ持って戻ってくる。

「ありがとう。本当に、宝石のように美しい果実だね。」

僕はもらった果実を、陽の光に掲げてじっくりと眺める。

光を反射するその赤い果実は、まるでルビーのようにキラキラと輝いてとても美しい。

その美しさを堪能してから、僕は緑のマントで軽く拭い、リンちゃんにまずひとつあげる。

すると昨日と同じように、リンちゃんは大量の水分を口からしたたらせながら果実を頬張る。

「良かったね~、リンちゃん。」

僕はリンちゃんを撫でながら、自分も果実を一口かじった。

「きみは、こんなに広い果樹園をひとりで管理しているの?」

笑顔で彼女に話しかけるものの、彼女はこちらを見ずに軽く頷いただけで作業をすすめる。

「…いつも歌っているあの歌は、なんていう曲なの?」

くじけずに話しかけると、彼女はチラリと一瞬こちらを見て、愛想なく答える。

「さあ。母が歌ってくれていた曲だから。」

僕はリンちゃんに果実をあげながら、小さく笑った。

「そうか、母上の曲なのか。いいな。僕の母は、僕を産んですぐに亡くなってしまわれたので、そういう思い出すらないんだ。羨ましいなぁ。」

すると、彼女は作業を止め、僕をふり返った。

「私の母も、2年前に亡くなったわ。」

僕は驚いて、彼女を見る。

「それは悲しかったな。…病で?」

僕が訊ねると、彼女は小さく頷いた。

「今、家族はいるの?」

更に訊ねると、彼女は少し悲しそうに微笑んだ。

「父が昨年再婚して、新しい母と姉が二人できたわ。」

(母上と姉君が二人…。)

「ではなぜ、きみはひとりでここを…?」

僕が訊ねると、彼女は僕から目を逸らして再び作業を始めた。

「父が、先日病で亡くなってしまったの。もともと母も姉たちも農業をしたことなかったから…。」

(父上まで!?)

「それじゃ…きみは今、血の繋がらない母上と姉君二人と四人で暮らしているの?」

彼女はこちらを見ずに、小さく頷く。

「そして、きみひとりを働かせて、彼女たちは何をしているんだ?」

僕の問いに、彼女は答えない。

「…。」

僕は、彼女のボロボロの姿をじっと見つめた。

この娘は、その継母たちに下働きのようにこきつかわれているのか。

本来なら、その家の嫡子である彼女は、こんな苦労をしなくて良いはずなのに。

ぼくは、彼女の頬の泥に手を伸ばした。

彼女は、びくりと肩を強ばらせる。

僕は何も言わずにその汚れた頬を指で拭うと、彼女に微笑みかけた。

「枝を間引いていけばいいの?」

僕の言葉に、彼女は大きな碧い瞳を見開く。

僕は見よう見まねで、日が傾くまで彼女の作業を手伝った。

帰る頃には、間引いた小さな果実や収穫した熟れた果実で籠がいっぱいになっていた。

持ち上げてみると、男でも抱えるのがやっとの重さだ。

「リンちゃん、ちょっと重いけど手伝って。」

僕はリンちゃんに籠をぶら下げると、彼女をふり返った。

「家まで運ぶよ。案内してくれる?」

「そんなにして頂くのは、申し訳ないわ。」

彼女は首を横にふって遠慮する。

「あなたも、お城のお勤めがあるんでしょう?」

(僕を騎士だと思ってるのかな?)

僕はにっこりと微笑んで、彼女に言った。

「大丈夫。優秀な従者がやってくれるから。」

その瞬間、彼女はリンちゃんにぶら下げた籠を強引に取った。

「それじゃ本末転倒じゃないの!しっかりしなさいよ!人の手伝いしてる暇があるなら、まずは自分に与えられた仕事をきちんとこなしなさい!」

そして、そのまま籠を抱えて歩いていく。

僕はその後ろ姿を、呆然と見送るしかなかった。

その後、城に帰った僕は彼女の最後の言葉が頭に残って離れず、コーヒーを飲みながら溜め息をついた。

「いいこと言いましたね、彼女。」

マルが相変わらずの笑顔をはりつけて、僕に話しかけてきた。

「…だから、おまえは人のあとをつけ回すなよ…。」

「それが『護衛』という私の仕事ですから。娘にうつつ抜かしてるどこかの王子と違って、自分の役目を全うしているだけです。」

美少女の可愛い笑顔で言うが、その顔とは真逆で言葉はキツい。

「やろうと思ってもさ、たいした仕事ないじゃん、僕。」

ため息混じりにそう言うと、マルの目が光る。

「ご心配なく。」

言いながら、テーブルの上にドンッと書類を乗せる。

「ピーマンの頭でもできる、印鑑押しです。」

(ピーマン!?)

マルをキッと睨みながら、僕は一番上の書類を手にとって中を見る。

(…うん、わかんない。ピーマンだわ、間違いなく。)

「『優秀な従者』の私が中身は全て目を通して確認してますので、大丈夫ですよ。あとは印鑑を押してください。ただひたすら何も考えずに…あ、押す場所は決まっているので、そこは考えてくださいね。そのくらいはわかりますよね。」

マルがバカにした笑顔で、僕の手に印鑑を握らせてくる。

(悔しいけど…反論できない…。)

僕はマルに言われるがまま、書類に印鑑を押し続けた。

「悔しかったら、これからは勉強の時間に逃げ出さず、真面目に講義を受けることですね。」

マルは僕が印鑑を押した書類を綺麗にまとめながら、いつものはりついた笑顔で言う。

「もし私がいなくなって、心ない従者がおそばにつくようになったら、中身もわからず印鑑押すような状態では、危ないんですから。きちんとご自分で頭を使ってこの国を治められる王にならないと。」

(…マル…。)

初めて、マルが僕を本当に思ってくれているのではないかと感じた。

「まぁ乗っとる頭がある者が治めたほうが、国民は幸せかもしれませんがね。」

(いや、違うわ。)

ちょっとでも僕のことを大事に思ってくれているのではないかと思った自分のバカさ加減を、改めて反省した。

作品名:[王子目線]残念王子 作家名:しずか