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[王子目線]残念王子

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シンデレラとマル


僕は城下に探しに行こうと、リンちゃんの厩舎へ向かった。

「起きてる?リンちゃん。」

僕は声をかけながら、真っ暗な厩舎へ入った。

「夜にごめんね。…実は、僕の大事なひとがいなくなっちゃったんだ。」

リンちゃんに近づくと、リンちゃんがこちらをジッと見ていた。

僕はリンちゃんに手綱をつけながら、話しかける。

「僕が無神経で、彼女の心を踏みにじって、傷つけてしまったんだ。バカな僕は、彼女がいなくなるまでそのことに気づきもしなくて…彼女への気持ちにも気づかなくって…。こんなバカな主で悪いけど、リンちゃん協力」

突然、手が重なった。

手綱を持つ僕の手に、華奢な手が重ねられた。

隣を見ると、おかっぱ頭の小柄な姿があった。

僕は、ゆっくりと重ねられた手を握る。

暗闇でよく見えないけれど、確信があった。

僕はそちらへ体を向けると、俯いたままの顎に手を添え、そっと上向かせた。

「マル…。」

大きな黒い瞳を確認した瞬間、僕はマルを抱き締めていた。

僕と身長差が30cmあるので、身を屈めて深くマルを抱き込む。

初めて両腕にしっかりと抱き締めたマルは、本当に小さくて驚いた。

今までのどの女性にもない、その頼りなさに、胸が大きく鼓動した。

それなのに、こんな頼りなげな小さな体に防護服を着て僕をいつも守ってくれていたのかと思うと、たまらなく愛しさが増した。

抱きしめれば抱きしめるほど、服の下の固さを実感し、切なくなる。

「舞踏会は、どうしたんですか。」

聞き慣れた冷ややかな声色が、腕の中からする。

抱き締めても抵抗しないマルを、僕は更に強く深く抱きしめた。

「役目を果たさないと、ピーマン王子からクズ王子になりますよ。」

抱き締められて、きっと真っ赤な顔でいるだろうに、相変わらずの憎まれ口をたたくマルに、愛しさが溢れる。

僕は喉の奥で笑うと、マルの頭を撫でた。

「マルを傷つけるくらいならクズ王子で構わないよ、僕は。」

そして抱き締めていた腕をゆるめ、マルの顔を見つめる。

マルは視線を外して、こちらを見てくれない。

「マル、どう?似合ってる?」

僕はマルに僕のほうを見てほしくて、マルの前で一回転してポーズを決める。

マルは、チラッと横目でこちらを見たけれど、すぐに視線を外してしまう。

「…。まっすぐ…見れません…。」

「?なんで?」

僕がポーズを決めたまま首を傾げると、マルがふきだして笑った。

「ぷっ…あはは!」

声をあげて笑うマルを、初めて見た。

「なんで笑うのさ!?」

僕は、わざと怒った口調でマルを捕まえる。

後ろからギュッと抱き締めると、とたんに身を固くする。

「マル…。好きだ。」

マルの耳元に唇を寄せると、マルの肩が跳ねあがる。

「僕は、マルが好きだ。結婚しよ。」

小さな華奢な体を更に強く抱き締めると、僕の腕にマルがそっと触れた。

「…私の故郷は、ここより小国です。経済的には比較的豊かな方ですが…この国を助けるほどの余裕はないです。」

「そんなの関係ない。だって、マルは正室なんだから。」

僕がマルの頭に頬をすりよせると、マルはスルッと僕の腕の中から抜け出した。

「王子は、私だけの人にはならないから嫌です!」

涙声だった。

(マルが、泣いてる?)

もう一度、マルを抱き締めようとした時、マルの姿は消えていた。

僕はマルの最後の言葉を、思い返す。

『王子は、私だけのひとにならない』

僕は踵を返すと厩舎を飛び出し、城へ戻った。

そして舞踏会の会場へ戻ると、父上の前に跪く。

「お願いがあります、父上。」

父王は、鋭い目付きで僕を見下ろす。

「勝手に飛び出して、勝手に戻ってきて、これ以上なんの勝手をするつもりだ?」

威厳のある怒気を含んだ声に、足がすくみそうになる。

けれど、父王をまっすぐに見上げ、僕は力強く言った。

「僕は、この国をもっと豊かにしたい。資源も産業も特産物もないこの国をどうやったら豊かにできるのか、爺やが亡くなって以来、ずっと考えてきました。経済の本を読み漁り、政治の勉強もしました。でも、まだ全く見えない。」

僕の言葉に、父王がすっと目を細める。

「でも、なぜ見えないのか、わからないのか。…それは、わかりました。」

父王はきびしい空気をまといながら、黙ってワインを一口飲む。

「井の中の蛙だからです。」

僕の言葉と同時に、ちょうど音楽が鳴りやみ、僕の声が会場に響いた。

会場がシンと静まり返る。

でも、僕は構わず続けた。

「マル!」

僕は、声を張り上げて呼んでみた。

すると、マルが現れた。

(マル…!)

現れてくれたということは、僕を受け入れてくれるということだろう。

父王の傍に控えていた女官が、目を見張る。

僕の左後ろに、マルが跪く。

マルが現れてくれたことで勇気と自信が湧いてきた僕は、父王をまっすぐに見上げて力強く宣言した。

「僕は、マルと二人で世界を巡ろうと思います。世界の国々を見て回り、必ず我が国を豊かにする答えを見つけて戻ってまいります。」

マルが驚いた様子で僕を見たのが、目のはしにうつる。

「マルと二人で?」

ようやく、父王が口を開く。

「はい。マルは世界一の忍でもあり、従者でもあり、僕の愛するひとでもあります。」

僕の言葉に、マルと父王が息をのむ。

女官は口に手を当てて、僕を見つめている。

「マルがいてくれれば、安全も、知識も、暮らしも何も心配ありません。」

僕はマルの腕を引いて、自分の横に跪かせる。

「世界を巡り、自力でこの国を豊かにする方法を見つけることができたら、どうかマルとの婚姻をお認めくださいませ。」

父王は、僕とマルを鋭く見比べる。

「側室に頼らない、側室を必要としない、正室だけを愛せる国造りをマルのためにさせてください。」

僕の訴えに、女官が涙をこぼす。

そして、自然と会場に拍手が起きた。

拍手はやがて大きな喝采となり、父王はその様子にため息をついた。

「マル。」

父王は、鋭い視線をマルへ向ける。

マルはその視線から目をそらすことなく、まっすぐに見上げる。

「おまえの気持ちは、どうなんだ?
このバカが、一人で突っ走っているだけじゃないのか?」

マルはその顔に、いつも通りの冷ややかな笑顔を浮かべると、ハッキリと言い切った。

「確かに、世界を二人で巡ることは全くの寝耳に水のことですので、突っ走っていらっしゃいます。でも、王様にお許し頂けるのであれば、私はぜひ王子様にお供したいと思っております。そして王子様が答えを見つけられた暁には、一生を共にできるお許しを頂きにうかがわせてください。」

父王は、ふんっと鼻をならす。

「…おまえの優秀な血が我が王族に加われば、少しはまともな国政を子孫がするようになるかもしれんな。」

そう呟くと玉座を立ち、父王はワイングラスを掲げた。

「我が息子にして我が国の後継者でもあるカレン王子と花の都の姫マルの新たな旅立ちに、乾杯!」

広間中に、音楽と乾杯の声が溢れる。

僕とマルは顔を見合わせ、笑い合った。
作品名:[王子目線]残念王子 作家名:しずか