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晴天の傘 雨天の日傘

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三 不思議な商店



 コーヒーを飲み終えて斜め前にいる天野さんの妄想をするネタもなくなり、快晴は去り際に彼女をチラ見して「あまやどり」を出て、雨の降る町に出た。

 出た途端に雨足と風が急に強くなるのは自分の気持ちの問題だろうか。道行く人の往来が逃げ足になり、車のワイパーもアップテンポになる。 
 快晴はチェッと舌打ちして駅に向けて歩き出す。最近出番の多いいつもの傘も意味がないくらいに雨が振り込んできた。さっきまでの安息を忘れ、雨の音は苛立ちに変わり、濡れたズボンの裾は天への怒りに変わると傘も快晴に愛想をつかせたのか、まるで意思を持ったかのように突風を受けて自らの身を殺めた。

「なんだよ、傘まで俺を裏切るのかよ!」
 快晴は全身骨折した傘を地面に叩きつけるように置いた。止まない雨、快晴はしばらくその場で立ったまま動かず裾だけでなく頭も濡れてきた。
「何で、何で俺はいつもこうなんだ――」

 快晴は頭を上げた。パラパラと降り続く雨が快晴の顔を濡らす。自分の宿命を恨んだ。
 どれだけ経ったか分からないが、快晴の頭の回路がフリーズした。そしてリセットされて周囲を見ると今の場所が分からなくなっていた。傘を深く差して歩いていたからか?いや、初めてでない何度も通ったことのある道で迷うはずがない。
「あれ、俺、どこに――いるんだ?」
 しかし、目の前の風景は自分の知らない場所だ。見慣れたこの町で、今までそんな経験がなかった快晴は少し戸惑い、もう一度周囲を見ると目の前に一軒、古めかしい小さな店が通りに並んで建っているのが見えた。

 最新の建物と物が並ぶ都会の真ん中で、ただ一つ時代から取り残されたような古い、それでいて通りの空気にしっかり同化している、自分の知識から導かれる見解のないたたずまいにさっきまでの苛立ちを忘れて快晴はしばらくそこに立ち尽くした。

「三猿堂――」
 快晴は周囲を気にせず店の看板を読んだ。よく見れば欄間のところに「見ざる、聞かざる、言わざる」の三猿が彫られている。
 外から中をのぞいて見たところそこは快晴が学生の頃合宿で行った田舎の山村にあるいわゆる「なんでも商店」のような感じで日用雑貨や食料品など、あらゆる物がきれいに並んでいる。
「――ということは傘とかあるかも」
 役目を放棄した傘を店前の電柱に寄りかかって立っている、へしゃげたゴミ箱に傘を棄て、快晴は三猿堂の戸を静かに引いた――。

   * * *

「いらっしゃいませ――」
 快晴は店の戸を引くと、カウンターのから自分を歓迎する声が聞こえた。そこに立つ男性は、年は還暦を過ぎたくらいだろうか。頭髪は真っ白で、背筋がピンとして、着こなしもしっかりしていて「老紳士」という単語がマッチしていて、若い頃はかなりカッコよかったと思うのは快晴だけではないだろう。
「何を、お探しですか」
 次に快晴は店の中を見回した。
 商店として並んでいるものは日用品から装飾品まで、離島の雑貨屋のようだったが、店主の人柄を映すかのようにどの商店もきれいに並べられていて埃一つ付いていないことに畏れ入ったと感心をした。
「あの――」

「傘なら、ここにございます」
 まだ言葉を発していないのに答えた店主に快晴の思考回路が一瞬だけ停止した。
 確かに欲しいと思ったのは傘なのだが、こちらからまだ何も発していない。この店主は一体何者なのかともう一度彼の姿をぼうっとして見た。
「いや、待てよ……」
 強くなった雨足、手ぶらでの入店、そしてしっとり濡れたこの身体。さらに店主の整った身なりと裏表のない振る舞い――。店主は店に入ってきただけでそこまで深読み出きるような人に見えなくもない、快晴はそう考えると自分の中で何かがストンと落ちた。
「どんな傘が、ありますか?」
「この傘などいかがでしょう」
 店主は快晴が質問したのを聞いてカウンターから出てきて、窓際にある小さな水色の折り畳みの傘を取り上げて快晴に勧められると、快晴の回路は再び一時停止した。
 この雨足、傘の色、そして大きさ――。この雨足ならさっきまで使っていた傘と比べて明らかに弱そうで、今日差せば一日で使えなくなってしまいそうなものだ。センスが良さそうに見える店主の勧めにしてはどこかズレを感じる。

「大丈夫ですよ」
まるで心でお互いに会話をしたような調子で店主は小さく笑いだした。その笑い方も上品で、嫌味というものが全くない。快晴は意図が分からず立ち尽くしたままでいた。
「何が、大丈夫なのでしょう?」
「はい。この傘は、差すことがないからです」
「はあ?」

作品名:晴天の傘 雨天の日傘 作家名:八馬八朔