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ミッちゃん・インポッシブル

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2.ミッちゃん、恋をする



「あっ! 待って!」

 光子がコンビニでハンドバッグから財布を出そうとした瞬間のことだ、誤って魔法のコンパクトを落としてしまった。
 そして、悪いことにコンパクトは円形、コロコロと車輪のように転がって行く。
 なお間の悪いことにちょうど人が入って来て、自動ドアはまるでホテルのドアマンがするように、コンパクトのために道を空けてくれちゃったりする。
 光子はコンパクトを追うが、コンパクトには親切だった自動ドアは、光子に対してはイジワルをする、光子は閉まりかけたドアのガラスに思い切り鼻をぶつけてしまった。
 その間にもコンパクトは街行く人の足元を縫うように歩道を転って車道へ向かって一直線。

(あ~っ! もうだめ!)

 そう思った瞬間だった、通りがかった男性がひょいと足を伸ばしてコンパクトを止めてくれたのだ。

「あっ、ありがとうございますっ!」
 ようやくイジワルな自動ドアに通してもらった光子は、鼻が痛いのも忘れて、深々と頭を下げる。
「どういたしまして」
 男性はコンパクトを拾い上げて光子に差し出した。
 ちょっと不思議そうな顔をして……無理もない、魔法のコンパクトはパッと目には玩具にしか見えないから……。

「あっ」
 深々と下げた頭を上げると、光子は思わず声を上げてしまった。
 それを聞いてか、男性はますます不思議そうな顔に……無理もない、光子の顔に見覚えがあるはずはないのだから……。

 男性は、光子のドラッグストアに時々サプリメントやシェーバー、シャンプーなどを買いに来るお得意さん、買い物の内容からして一人暮らしらしい。
 そして、光子は、この名前も知らない男性を、ちょっと気にかけているのだ。
 
 正直な所、光子はミッちゃんでいることに少々疲れて来ている。
 ドラッグストアに来る男性は、ほとんどが仮の姿の光子……ミッちゃんを見るとヤニ下がる。
 そして、本当の自分……光子と相対すると、大抵の男性は無関心、気の毒そうな顔をする人もいる。
 ミッちゃんに変身するようになってしばらくの間は、ミッちゃんに向けられる好意的な視線……下心とも言い換えられるが……は自分に向けられているように感じていた、でも、素に戻ると世の男どもの視線は冷たい、それが現実……。
 このままミッちゃんを演じ続けていると自分を見失いそう、でも今更ミッちゃんに変身するのをやめてしまうわけにも行かない……その板ばさみに悩んでいるのだ。

 その男性はイケメンとは言い難い。
 固焼き煎餅を三枚重ねて噛み砕けそうなアゴのせいで四角く見える顔を、ジョークグッズのようにやたらに縁の太い黒縁眼鏡が強調してしまっている。
 髪は七三分け、体型はスマートと言えば聞こえはいいが、四角い顔とはアンバランスな細身、がっちりした体つきなら四角い顔も逞しい顔つきと見えるのだろうが、体型まで四角い顔を強調してしまっている。
 そしていつも洒落っ気とは無縁の、目立たない事を第一義に考えているかのような紺色のスーツ。
 
 彼は、ミッちゃんと相対すると、軽く微笑んでいるような表情を浮かべる、それは下心丸出しのヤニ下がった笑顔ではなく、親しみがこもっているように感じられる微笑み。
 ミッちゃんでいることに少々疲れて来た光子には新鮮で、心温まるような微笑に感じられるのだ。
 
「どこかでお会いしましたか?」
 光子が自分を知っているような顔をしていると感じたのだろう、男性は小首を傾げる。
「あ、いいえ」
 まさか自分がドラッグストアのミッちゃんだと名乗るわけにも行かない、光子は慌ててかぶりを振った。
「そうですか……どこかでお会いしたような気がしたんですが……」
 男性はちょっと記憶を辿っているような表情……。
 光子の中で、もう一人の光子が急かす。
(何やってるのよ、お茶でも何でも誘いなさいよ、こんなチャンス二度とないわよ!)
(でも……)
 ためらう光子……しかし……。
「思い違いのようですね、失礼しました、じゃあ、これで」
 男性が立ち去ろうとした時、ぐずぐずしている光子を見かねたのか、光子の中のもう一人の光子が、後ろから思い切りお尻を蹴り上げた。
「あ、あの……もし、お時間があるようでしたら、お礼にお茶でもいかがですか?」
「まあアパートに帰る途中ですから時間はたっぷりありますが、お礼をされるほどのことをしたわけでも……」
「だめですか?」
「じゃあこうしましょう、夕食はまだでしょう? 僕もホカ弁でも買って帰るつもりだったんですが、ご一緒に食事と言うのは? それとも待ってらっしゃる方が?」
「いません! そんな人、全然いません!!」
 なにもそこまで強く否定する必要もなかったのだが、男性は笑顔で受け止めてくれた……。


 急なことだし、特別な日でもないので、二人が入ったのは近くのファミレス。
 光子は緊張してドギマギするばかりだったが、男性は終始にこやかに話題をリードしてくれた。
「ああ、申し遅れました、僕はこういう者です」
 彼が差し出した名刺、一色刷りでロゴのようなものもないそっけなさが『らしい』と思ったが、その名前にも驚かされた。
 『四方 正』
 これではまるで正方形……そっけない名刺以上に『らしい』が、更にその肩書きが……。
 『四方探偵事務所』
「え~っ? 探偵さんなんですか!?」
 思わず大きな声を上げてしまった光子だったが、四方は唇に人差し指をあてながらも、ニッコリと笑って受け止めてくれた。
「ええ、一応は……一人でやってる事務所ですけどね」
「探偵さんって、推理とかして犯人を見つけるとか」
「ははは、それは小説の中での話ですよ、現実は探偵の仕事なんて素行調査がほとんどです、浮気調査とかのね」
「そうなんですか?」
 そう言いつつも光子はまだ興奮していた。
「張り込みとかするんですか?」
「ええ、それはやります、と言うかそればっかりですよ」
「やっぱりアンパンと牛乳……」
「ははは、それだと栄養が偏りますからね、実際には弁当とかサンドイッチとか……それでも充分偏りますから野菜ジュースは手放せませんよ」
 そう言って笑う。
 それまで抱いていた探偵のイメージとは違うものの、なんだか目の前の実直そうな男性にはしっくりと来る、いつも紺色のスーツばかりなのも、本当に目立たない事を第一に考えてのことらしい。
「あの、変装とかは?」
「まあ、張り込む場所によってそこで目立たない服装は心がけますけど、大抵はこの紺のスーツで間に合います、あ、それと眼鏡だけはいくつも持っていますよ、かなり印象が変わりますからね、顔が四角いんで角ばったのが多いですけど、ふち無しだったり銀縁だったり……派手なのや丸いのをかけると印象が強すぎますからあまりかけませんけどね」……。
 意外に地味な仕事なんだとわかったが、それでもドラッグストア以外の仕事を知らない光子の興味は尽きない。

 その後も矢継ぎ早に色々と訊いてしまってから、ふと気づいた。
 ……四方は光子の事は何一つ訊いていないのだ……。
「あの……ごめんなさい、私ばっかり色々と訊いちゃってばかりで……」
作品名:ミッちゃん・インポッシブル 作家名:ST