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盗人の掟

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だいぶ日も暮れ、夕闇迫る頃、
とある盗人宿の、2階奥座敷に、黒装束に身を固めた一団が、年恰好の似通った者同士や、上方から、上州といった同郷者達で、車座になり、緊張した面持ちで、その時が来るのを、じっと身動きもせずに、待ち続けていた。
薄明かりの中、盆提灯だけが、やけにギラギラと血走った様な
彼らの顔を、映し出していた、と、其処へ、
頃はよしと見計らったかのように、小頭を連れた、
ここの一団の頭である、腕っ節の太そうな、男が旋風の様に入って来た。
親分:「おう、みんな揃ったか」
子分達:「へい」
親分:「今日は、新入りもいるようだし、いまさらじゃねーが、もう一度だけ言うから、耳の穴、かっぽじって、よく聞け」
子分達:「へい」
親分:「俺はな、先代の、あの仏様みてーな狐火のお頭の薫陶を受けた、唯一の生き残り、漁火の丹吉だ」
親分:「狐火の親頭は、だいぶめーに、火盗の奴らに、捕えられなさ
って、お亡くなりになっちまったがな」
親分:「親頭が、生きてなさる頃は、それこそ、口が酸っぱくなるほど、よく言い聞かされていたもんだぜ」
親分:「いいか」と、まわりを一瞥しながら、どすの利いた声で、捲くし立てた。
子分達:「へい」
親分:「盗みにへぇった先では、女を手籠めにするべからず、まあ、犯すなと言うこった、そして、人をあやめず、また、貧乏人からは、奪わずだ」
親分:「これがうちの、先代からの掟ってもんだが、この掟が守れねぇ様な奴は、とっとと出て行きな、分かったか」
子分達:「へい」
新入り:「あのぅ」
親分:「なんだぁ」
新入り:「立派な掟では、ござんすが、」
新入り:「少し、破綻していると、思っておりやす」
親分:「う、貴様ぁ、いそぎばたらきでも、しようってのか」
新入り:「いえ、掟に背こうとは、はなっから思っておりやせんが」
新入り:「ただ、掟では貧乏人からは奪わず、などと謳っておりやす
が、しょせん、貧乏人から奪う物など、一切ないと思っておりやす」
新入り:「また、ざっと見渡した所、男衆に加え、2~3人の姐さん方も、いらっしゃる様でござんすが」
新入り:「押し込み先で、もし歌舞伎役者風の、若い男の奉公人でもいたとしたら、どうしやす。
姐さん達も、人の子、誘惑に駆られ、手籠めにでもしようかなどと、一瞬、迷われるかも知れませんぜ」
新入り:「その一瞬の迷いが、お勤めに差し支えちゃ、為にならねーと思いやして」
新入り:「後々のためにも、ここはきっちりと、一冊文言を入れといた方が、よかーねえかと思いやして」
姐さん:「何いってんだね、この新入りは、おふざけじゃないよ」
親方:「まあ、まてまて、そう言われりゃあ、確かにもっともな話だ」
新入り:「それと、貧乏人からは、奪わずという文言は削除で、お願いいたしやす。」
親方:「おいっ、とみ、聞いたか」と、小頭の方を見ながら、顎をしゃくった。
親方:「掟に加えときな、男も犯さずだ」
こ頭:「へい」
新入り:「それから、気になった事が一つ」
親方:「まぁだ、何かあるのか」
新入り:「人をあやめずと有りやすが」
親方:「これだけは譲れねーぞ、貴様がいくら粘っこく小理屈をつけようったってな」
新入り:「いや、そうじゃござんせんが、しかし、筋書通りに事が運ばないのが、この世の常」
新入り:「もしも、仮にですぜ、仮に盗みに入った先で、奉公人が気付いて、鉢合わせにでも、なったとしたら、やぼうござんす」
新入り:「昼間は、めいっぱい働かされるのが、奉公人たち」
新入り:「夜は、くたくたに疲れきって、寝入っていると思いきや」
新入り:「中には、昼間の不始末で、飯を抜かされ、ひざっ小僧抱えて、寝床に入っている者もござんしょ、それこそ、ちょこっとした物音にも、敏感になるってもんでござんすよ」
親分:「いやー、なるほどな、こらたまげたわ」
新入り:「掟に縛られ手をこまねいて、もたもたしていると、それこそ、家中の者が、起き出して来て、小僧は奉行所にすっ飛び、あの鬼より怖い平蔵と、火盗改めの連中が押し寄せて来るの
は、目に見えてますぜ」
新入り:「それこそ瞬く間に、御用だ」
新入り:「奴ら、火盗改めは、切り捨てごめんだとか、ほざきながら
     試し切りの様に、人切り包丁を振り回し、どんだけ仲間が叩っ切られた事か、知れたもんじゃござんせん」
新入り:「無事といっちゃ、かなしゅうござんすが、生きて目出度くお縄になったとしても、そこはそれ、身の毛もよだつ、鬼の責めが待っておりやす」
新入り:「爪を見せろと言われ、伸びた爪でも切ってくれるのかと思いきや、いきなり、でっけぇクギを、爪の間にぶち込まれ」
新入り:「抱かせてやるから、ついて来いと言われ、ついふらふらっと後に付いて行き、女でも抱かせてくれるのかと思いきや、なんと、柱に縛り付けられ、座らされ、荒磯の千畳敷の、岩を引っぺがしでもして来たかの様な、大きな石を、何枚も、膝の上に抱かされて、目の前が真っ暗になりやした」
親分:「あんさん、ちょっと唯もんじゃねーなとは、思ってはいたが、えれーご苦労なすったんだねぇ」
新入り:「へい、ですから、奉公人が起きて来たときの事を、はなっから、考えておいた方が、よかないかと思いやして」
親分:「そんときゃー、ここはひとつ目をつぶって、横っ面でも張り倒すか」
新入り:「いやっ、親分、もののはずみと言う事がござんす、打ち所が悪けりゃ、直ぐにあの世行きだ」
新入り「それじゃー、地獄にいらっしゃる仏の狐火の親分さんに、相すみますまい」と言われ、こいつ、先代を地獄に居るだと抜かしやがったな、ま、しかし地獄で仏とは、うめー事言うもんじゃねーか、だが油断ならねぇ野郎だなと思いつつ
親方:「じゃ、どうするんでぃ」と尋ね返した。
新入り:「奉公人がいない店を狙うというのは、どうでござんすか」
親方:「なに、奉公人がいなけりゃ、たいしたお宝もありゃしねーだろうが」
親方:「馬鹿かてめぇは、どうもおかしな奴だな」
親分:「さっきから聞いてりゃよぅ、盗みに入るなと、言わんばかりの、口上じゃねぇか、どうも、腑に落ちねぇ」
親分:「大体、おめぇ、鬼平に捕まった野郎のくせ、どうして此処に居るんでぃ」
親分:「ははぁん、てめぇ、犬になりやがったな」と、一瞬の沈黙の後、座り直した新入りは、
新入り:「あんだけ責められりゃあ、そら犬にでもなりやすぜ」と、急に開き直ると、その、会話も終わらぬ内に、子分達の声。
子分達:「親分、もうすっかり手が回ってやすぜ」
子分達:「この家の周りは、火盗の提灯だらけだ」と、それを聞いた親分がぐるっと、体を返し、新入りの方へ向き直すと、
親分:「もう助からねぇな、しょうがねぇや、しかしこいつだけは許せねぇと」刀の柄に、手を掛けようとしたその時、
新入り:「親分、あっしも男だ、すっぱりやっておくんなせぇと、言いてぇ所でござんすが」
新入り:「あっしをやりゃあ、密偵と言っても、身内も同然」
新入り:「身内をやられたとなりゃあ、火盗改めは、鬼になりやすぜ」
親分:「この野郎、この俺を、脅す気か」と、刀を抜きかけた途端それを見ていた子分達が、一斉に、親分の周りを取り囲み、
作品名:盗人の掟 作家名:森 明彦