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第四章 動乱の居城より

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1.舞い降りし華の攻防−1



「鷹刀イーレオ! 貴族(シャトーア)の藤咲メイシア嬢の誘拐の罪で逮捕状が出ている!」
 屋敷を取り囲んだ無数の警察隊員の中から、頭頂の乏しい恰幅の良い男が叫んだ。
「ここを通せ!」
 指揮官であるその男は、高圧的に屋敷の門衛たちに迫った。
 しかし、総帥イーレオから「状況が掴めるまで門を死守せよ」と命じられている門衛たちは、一歩も引かなかった。敬愛する総帥の期待に応えることこそ、彼らの誇りだった。
 だから、『狂犬』の異名で呼ばれる警察隊員、緋扇シュアンが、門衛のひとりに拳銃の照準を合わせても、彼らはびくともしなかった。ただ、シュアンの充血した三白眼の凶相を、睨み返すのみである。
 ひるまぬ門衛に、シュアンは愉快そうに嗤う。これで引き金を引くための口実ができた、と満足げに目を細めた。
 そのまま、彼が指先に力を入れたとき、門の上部に取り付けられたスピーカーから、息を呑む気配が伝わってきた。
『門を開けてやれ!』
 焦りのためか、いつものような色気には欠けていたが、それは確かに総帥イーレオの魅惑の声。
 指揮官の男がにやりとした。
「展開せよ!」
 指揮官のだみ声が響き渡ると、濃紺の制服を着た警察隊員たちが、うねりのような返事で応じた。門衛たちは突き飛ばされ、格子の門が大きく開かれる。
 ――堅牢な城壁であるはずの鉄門が、決壊した瞬間だった。
 拳銃を構えた隊員たちは、身を低くして次々に侵入していった。
 玄関扉へと続く長い石畳の道を、傍若無人に軍靴で汚していく。屋敷を取り囲むべく扇状に広がり、白い石畳はおろか青々とした芝すら踏みつけ、傲慢無礼に乗り込んでいく。
 先頭の者が、重厚な木製の扉に手を掛けた。
 そのときだった。
「お待ちなさい!」
 命令調でありながらも、艶(つや)のある色香が漂う声――。
 先頭の隊員は、弾かれたようにドアノブから手を放した。その反動でのけぞり、すぐ後ろにいた者の足を踏む。だが、踏まれたほうも麗しの美声に動転していたため、痛みを感じる余裕もなかった。
「ど、どこだ!」
 扉の近くにいた隊員の中から、狼狽をあらわにした叫びがひとつ、漏れた。それを皮切りに、あちこちから、ざわめきの渦が生じる。
 ここは、大華王国一の凶賊(ダリジィン)の屋敷。いかな警察隊員といえど、生身の人間。彼らは極度の緊張状態にあり、動揺の伝搬はごく自然な現象といえた。
 先頭付近の者たちは、鉄門のところにあったようなスピーカーを、あるいはカメラの類を探して視線をさまよわせた。発生源を見つけたところで何が変わるわけでもないのだが、見えぬものへの畏怖は人間の本能である。それさえ見つければ恐怖が和らぐと、無意識のうちに体が動いたのだ。
 だが、声を上げたのは後方にいた者であった。
「あそこだ!」
 空を仰ぐようして、屋敷の二階を指差している。
 前にいた者たちが、その姿を確かめるべく引き下がり、後ろの者とぶつかり合って更にまた混乱を招きながら、警察隊員の群れが庭へと集まっていく。
 彼らの頭上、白いバルコニーの奥で、レースのカーテンが揺れた。柔らかな布地をかき分けて、すらりとした人影が現れる。
 着る者を選ぶであろう、鮮やかな緋色の衣服。太腿まである深いスリットから覗く引き締まった美脚に、警察隊員たちはごくりと唾を飲む。陽光を跳ね返す絹の光沢の陰影は、彼女の曲線美を如実に表していた。
 高い襟から続く縁飾りには凝った文様の刺繍が施され、豪華な花ボタンで飾られている。一見して、この屋敷内で高い身分を有している者だと分かった。
「警察隊の皆様、まずは、お勤めご苦労さまです」
 緩やかに波打つ長い髪を豪奢に揺らし、二十歳半ばほどの美女が丁寧に腰を折った。再び顔を上げると、彼女は切れ長の瞳で全体を見渡す。
「私は、鷹刀ミンウェイ。この屋敷の主(あるじ)、鷹刀イーレオの孫に当たります」
 山ほどの警察隊員に囲まれても動じることのない、張りのある声。迫力ある美しさと相まって、一堂を圧倒した。
「祖父イーレオは高齢のため、自室で休んでおります。代わりに私が、ご用件を承ります」
 彼女はそう言うと、小さくふわりと跳躍した。
 何ごとだと、警察隊員たちが戸惑っている間に、彼女はバルコニーに手を掛け、長い両足をぴたりとつけたまま、手すりを真横に飛び越えた。
 地上にいる者たちが、皆一様に目を見張る中、ほとんど音も立てずに芝へと降り立つ。着地の衝撃を和らげるための膝を曲げた姿勢から、再びすらりと背筋を伸ばしたとき、波打つ髪から干した草のような香りがふわりと流れた。
「指揮官はどちらにいらっしゃいますでしょうか」
 綺麗に紅の引かれた唇がそう尋ねると、周り中をひしめいていた警察隊員が波のように引いていき、彼女の前に道が開く。その最奥に、恰幅の良い男の姿が現れた。
 ミンウェイは、警察隊員でできた壁の間を物怖じすることなく突き進んだ。足の運びは颯爽と、けれど足音は聞こえない。
「あなたが指揮官ですね」
 見おろされはしないものの、すらりとしたミンウェイと指揮官の目線の高さは、ほぼ同じ。
 掛け値なしの絶世の美女に目の前に立たれ、指揮官は無意識に一歩下がりそうになったが、すんでのところで留まった。
 いい加減、年齢も場数も経験している男である。若い部下たちのように、女の色香に惑わされたりはしない。自らの美貌を武器として使ってくる女が、山ほどいることなど熟知している。むしろ、彼女の容姿は、彼の嫌悪感を刺激するだけに過ぎなかった。
「凶賊(ダリジィン)風情が、何様のつもりだ!」
 指揮官は、意味もなく声を張り上げた。対して、ミンウェイは極めて落ち着いた様子で一礼をした。
「屋敷に入る前に、まずは逮捕状を確認させていただきます」
「はっ! 一端の口をききおって!」
 そう言いながらも、指揮官は切り札でも出すかのように懐から書類を出し、ミンウェイに突きつけた。
「鷹刀イーレオに、貴族(シャトーア)の藤咲メイシア嬢、誘拐の嫌疑がかかっておる! 重要参考人として鷹刀イーレオの身柄を拘束する!」


「重要参考人として、イーレオ様を拘束に来たそうですよ?」
 総帥の執務室から、そっと外の様子を窺っていたチャオラウが、無精髭の中にある口の端を皮肉げに持ち上げた。
 執務机の上には、適度に音量が絞られたスピーカーがある。ミンウェイの襟の高い衣装に付けられた豪華な花ボタンには、盗聴器が仕掛けられていた。彼女の会話はこちらに筒抜けなのである。
「この場合、まずは『誘拐されているお嬢様を差し出せ』とか言うもんじゃないでしょうかね?」
 チャオラウはイーレオを振り返り、肩をすくめた。イーレオの護衛である彼は、危機的状況にある主人を死守する立場にあるはずなのだが、まるで緊張した様子もなかった。
「茶番だからな」
 イーレオが、相変わらずの机に頬杖をついた姿勢で目線を上げた。
「あの男、さっきは、死体でもいいから探しだせ、というようなことを言ってましたね」
 チャオラウが呆れ果てたかのように吐き出すと、イーレオはそれに頷き、低い声で嗤った。
 これで、斑目一族が、メイシアを鷹刀一族の屋敷に行くよう仕組んだ理由がはっきりした。
作品名:第四章 動乱の居城より 作家名:NaN