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吉葉ひろし
吉葉ひろし
novelistID. 32011
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躑躅

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 教育学部の数学を専攻した夕は大学を卒業したが、教師の採用試験に合格出来なかった。中学と高校の免許があったが、高校の期限付き教師として働くことになった。1年契約であった。その時の教え子の家庭教師を頼まれた。本来なら禁止なのだが、夕は引き受けた。広木大樹は医学部志望の3年生であった。父親が勤務医で将来は開業の希望があるとのことだった。彼は模擬試験で出来の悪い科目が数学であった。月、水、金曜日の午後7時から9時までの2時間の契約であったが、時々夕食なども用意されることもあって、時間に関係なく教えてしまうようになっていた。
 彼の部屋は10畳くらいあり、机とベットがあった。夕は彼を教え子とだけの認識であったから、無造作に彼に接近して、教えることもあった。
 夏休み。この時期が勝負であった。夕は彼が以前よりも、勉強に集中していないことが分かっていた。ただ、その原因が自分であることには気がつかなかった。
「我慢できないです」
突然彼が夕の体を求めた。強い力であった。キスの経験はあったが、夕はセックスの経験はまだなかった。夕は本当に好きな人が出来たらと心に決めていた。好きでも嫌いでもない。教え子。夕の気持ちはただ抵抗したい。でも、強い彼の力に、夕の気持ちは崩れた。(彼を医師にしなければ)そのかすか奥で、医師であれば歳下も関係ないか等と打算的なことも考えてしまった。彼も初めてなのだろう、挿入することが出来ない。荒い息づかいが、エアコンの風に乗って来た。
「先生のこと好き?」
「もちろん」
「セックスの為でなくて愛してくれる」
「結婚します」
 夕は全裸になった。彼も落ち着いて全裸になった。彼の汗の臭いとシーツに残された赤い印。
 誰にも気づかれず、夕と彼との関係は普通の恋人の様に続いた。彼は医大に合格し、北海道に行った。夕も一緒に行こうと誘われたが、彼の父親から反対された。夕は妊娠していたが彼と別れることを選んだ。
 夕の両親からは産むことを反対されたが、夕は産むことにした。女の子が生まれ、名前を筆とつけた。いつか父親に手紙を書かせてやりたいと願ってのことだった。
 乳飲み子が居ては働くことも出来ず、生活は苦しくなるばかりだった。見るに見かねた夕の母が、実家に来るようにと言ってくれた。筆が2歳になり、夕は市役所の臨時職員に決まると、筆を保育園に預けた。自立するために実家を出た。もちろん良い人に出会えたら、結婚もしてみたいと考えていた。そんな時に、鈴木からプロポーズされてみるとまだ彼に未練を感じていることに気が付いてしまった。
 鈴木には無断で転居し、ケイタイも変えた。夕は鈴木を良い人だと感じていた。子持ちであると言っても、鈴木は『いいよ』と言ってくれると感じた。自分たち親子が生きるために、夕は鈴木と結婚したくはなかった。鈴木を心から愛したかった。それなのに彼が忘れられなかった。
 筆を迎えに行った保育園の脇道に紫色の躑躅が咲いていた。
作品名:躑躅 作家名:吉葉ひろし