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吉葉ひろし
吉葉ひろし
novelistID. 32011
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躑躅

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車も通れない細い路地に、小さな飲食店が並んでいる。その店の数は20軒ほどある。ほとんどが飲み屋で、寿司屋が1軒と小料理屋が2軒、なぜか質屋も1軒ある。そしてラーメン店が3軒。昼時は25人座れる席が満席で、順番待ちの状態の人気店があり、昼休み時間の関係で、他に流れる客が出る。その受け皿の店が2軒ある。
 今は町の中心は、ここから1キロも先に移ってしまっていた。大型のショッピングセンターが出来たためだ。かろうじて店が続けられるのは、市役所があるためであった。300人ほどの職員がいるから、帰りがけに立ち寄ってくれる。鈴木は下戸だがつき合いは良く、コーラを飲んでカラオケを楽しんだ。なじみの店があるわけでもなく、梯子に付き合わされるから、この路地の店は行かない店はなかった。36歳だが独身であるから、遊ぶ金に困ることはなかった。
 五月夕(さつきゆう)に会ったのは小雨の降っていた夜であった。スナックから出て、他の店に移る途中であった。そこは質屋の店の手前であった。彼女は透明なビニール傘をさしていた。鈴木たちに気がつくと、背を向けて立ち止まった。うつむき加減な首が透明な傘の骨の間に観えた。鈴木が彼女に視線を移したから観えたのだ。すれ違う女たちの華やかさから、彼女には、みすぼらしさを感じた。調度、街灯の真下であり、うなじのほくろが観えた。鈴木は立ち止まろうかと迷った。観たことのあるほくろであった。知らない女に声を掛ける、公務員の鈴木としてはそんな失礼なことは出来なかった。反面、女が五月夕では無いかとも感じていた。
 次の店に入ったが、どうしても女のことが気になった。
「5分ほどで戻る」
同僚の相田に伝え店を出た。先ほどの女が質屋から出て来たところであった。鈴木とまともに顔を合わせた。まぎれも無く彼女は五月夕だった。彼女はあまりの驚きからか、傘もささずに走りだした。ショルダーバックから小さなものが落ちた。指輪のケースである。鈴木はビロードの濡れた布に手を触れた。見覚えのある紺色であった。ケースのふたを開けると、カチンと小さな音が聞こえたかのように感じた。小さな雨粒がダイヤに乗った。糸雨(しう)が涙の様にダイヤに落ちた。ぼくに返したのだろうか?あるいはあわてて落としたのだろうか?
 五月夕に結婚を申し込んだのは3年前であった。彼女はアルバイトで役所に来ていた。税務課に配属され、鈴木が面倒を見るうちに、付き合い始めた。25歳になる彼女と体の関係を結ぶのは時間の問題だと鈴木は考えていたが、1年経っても彼女は体を許さなかった。身持ちの良い女性だと鈴木は感心した。鈴木は今時珍しいと、遊びのつもりの交際から、結婚を申し込んだ。彼女は4月生まれだと聞いて、誕生石のダイヤをその時に渡した。
「少し考えさせて下さい。鈴木さんが想っているような女ではないですよ」
彼女はその言葉を残して、バイトを辞めてしまった。その後も鈴木の前に姿を見せることもなかった。
 鈴木は彼女は生活に困っているのかもしれないと、あわてて彼女を追ったが、大通りに出ると同じような傘にまぎれて、追う気にはなれなかった。店に戻った時には、シャツの濡れた滴は下着にも浸み込んでいた。
「どこ行ってたんだよ」
「ちょっと」
カウンターの鉢に躑躅が咲いていた。行きつ戻りつ・・・躑躅の漢字って・・・そんな意味だったようなこと思い出して・・また、夕のこと忘れられなくなりそうだなと鈴木は感じた。

作品名:躑躅 作家名:吉葉ひろし