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富士樹海奇譚 見えざる敵 下乃巻

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六 罠


https://www.youtube.com/watch?v=KsFpUJSCpzs
Phurpa - Fundamental Mantra Of Bon

霧の立ち込めた樹海のに朝陽が射し込むと巨大な木々の間に何層もの光の束が浮かび上がり、荘厳な風景をあらわす。鳥たちも一斉に目を覚まし、心地よい声を聴かせた。
女は朝露の雫を葉からとり、顔を洗った。

「あの夏も暑い夏だった_。
おじいもおばあも暑い夏には山奥に入っちゃならねえと・・
そんな夏に狩りをしに入ったおとぅたちは、皮を剥かれて高い木に吊り下げられてた。
武田のもんとは此処まで惨いかねと。」
熊一は笑った。
「おいおい冗談じゃねえぞ、おれらはてっきり己が今川のもんの仕業と思うておったぞ。
あんな惨いこと、ひとのやることじゃねぇ。皮を剥いで、臓物を垂れ下がらせて。
それじゃ鳥の餌さね、獣の餌さね。酷い、酷すぎる。」
熊一が踵を返し尋ねた。「名前は?」
「さをり」
「いったいあすこでなにがあったんだ?」
「なにかが突然襲ってきて、人が突然宙に巻き上げられて刃で斬られるように・・岡部さまが私を長持に入れて匿ってくれた・・。」
「何かなかったのか、前触れとかなにか・・そもそもいったいあすこでは何が行われていたのか?」熊一が問い質すと、さをりは尋問には飽き飽きしたような顔をした。
「説明せぬなら、私が言ってやろう。」したり顔をした安田が口を挟んだ。
「お前らに置き去りされたからな、調べてみたんだ。岡部の隠し砦は新型爆弾の設計を行なっていたのだ。だが真の目的は別なところにあった。地下に隠された秘密の実験場を見させてもらったよ。そして発見した。恐るべき実験の数々を。」
「いったいあすこでなにを」
「岡部の家はもともとは駿河の吉原宿の呪い師の家系だった。そんなこともあって昔から不老不死の薬の研究に没頭してきたのだ、何代にもわたってな。例の竹取伝説の不老不死の薬ってやつさ。北条や今川も彼らの研究に加担し秘薬の研究を続けてきたが、薬の研究には、最後には誰かの身体で試さなければならない。つまり人体実験を行うための居城、それがあの隠し砦だ。ところで、あの地下室の奥に掘られた地下牢に住む者たちはいったいなんだ?」
安田がさをりに顎を上げて見せる。
「地下室のことは私は知らない」
「笹子の衆も聞き及んでおるだろう。その昔この樹海には他の社会とは交流を持たぬ種族がいた。太古の昔の大山猿の末裔とされる彼らは。年の大半を裸で過ごし、冬ともなれば毛皮を着る彼らは。言葉もまるで独自のものを操っていた。彼らは田畑を耕すことなく森での狩猟を生活の糧としていた。だが其れゆえ猟の良し悪しは死活問題だった。そして多くのものが外界と接し、住まいを樹海の外に求めるなど。ほとんどのものがこの樹海に住まっていないと、思われている。だが鳴沢辺りじゃ今でも子供やおなごのかどわかしの話があるだろう。今でも居るのだよ。云うなれば自然に帰った者たちが。彼らは穴倉に住まい狩猟生活を営んでいた。そして恐らくはその習慣も野生に戻っていったのだろう。」
「食人鬼がいるという噂は聴いたことがあるが、まさか。」
欣三が口を挟もうとするが安田は構わず話を続ける。
「彼らは空腹に苛まされたときに、弱った老人そしてマビキとして幼子を手にかけ・・言うも悍ましい行為を行なっていたのだ。彼らの神への供え物として。それすらいないときには森から出てきてさらった女子供を、彼らなりの奉り方をして手にかけ、頭数分に等分に分け与え、糧としたのだ。まぁここまでは、この御時勢だ、農作業の追いつかない枯れた土地ではよく聞く話だ。だが彼らはいつしか人しか食わなくなった。古代の大猿へと先祖返りしてしまったようだ。更に孤立した部落で近親交配が進み、今では人とは思えぬ程になってしまった。四肢を使ってこの森を駆けづり回っていたのだ。不老不死を研究していた岡部のかつての当主たちは秘薬を求めてこの樹海に立ち入り、彼らの存在を知った。
しかも不思議なもので彼らの多くは長寿を全うしてしている。長老の歯を治療した際にそのことに気づいた岡部はそこに目を付けた。この場所の穴倉を根城にしていた野生種の彼らを餌付けし飼い慣らすのにそ何代もかけて成功し、長寿の秘密に迫ろうとした。違うかね?秘薬としての食人を研究していたのではないのかね?」
さをりは、突拍子もない話を聞かされ、驚いている。
「そんな驚くほどのことではあるまい。君こそはその末裔であるのだから!」
さをりは呆気にとられて。安田は言葉を止めようともせず
「人が獣たり得ないその秘密を解く鍵として。君は岡部に特別に育てられたのだから!獣と人との中間の存在が君というわけだ。」
熊一も驚いた。「それじゃ健四郎や吟次を殺したのも、その食人鬼だというのか_。」
安田は首を横に振る。
「問題はそんなに簡単じゃない。私が地下牢で観たものは。飼い慣らされた食人鬼共の皮を剝いだ骸だけだ。悪いが全滅だ。もう一人も生きてはいまい。」
さをりはうずくまって泣いた。
「彼らが彼らの神として奉りし樹海の神々とはいったいなんであったか_?」
安田はさをりの顔を自らの方に向けさせて問うた。
「我らが守り神は樹木の木霊の精霊たち、巌に宿る地祇たち、山野を駆け巡る風の精たち」
「そう、この樹海そのものを彼らは神と奉ってきたのだ。」
「それは俺らも同じことだ。」欣三が、毒づく。
「おいらたちもお天道様と、土と水と風雲雷神さまを奉っているわ。」
「ところがさにあらず、ここでは特別な意味を持つ。我々は崇める神の真の姿を見ることはできない。陽の光や、風や樹木、岩などを通して神を感じるに過ぎない。だが彼らは知らず知らずのうちに実際に存在するこの樹海の神を奉っていたのだ。」
安田は得意げに言うが、熊一はひとこと。
「なにをいっているかわからん。」
ひとを小馬鹿にしたような笑い顔を浮かべて安田が話を続ける。
「さて本題だ。
笹子衆のちょいと変わった感覚の持ち主たちは見えないものの“存在”を感じることができた。そして彼に至っては“欲望”まで感じ取ることができた。そこでまず第一に奴は友好的ではない。なぜなら・・・」
「あぁ奴からは止め処ない憎悪と、“食欲”を感じた。」
錦七の言葉に、源吾が干飯を食べる手を止める。
「そう。その通り。彼らが狙っているのは我々を餌として。もっと正確に言うならば膵臓を好んで食べているようだ。どの死体にも膵臓を摘出された後だった。奴は俺たち人間様の膵臓を食糧として狙っている。」
「そして第二に。
見えないものの“存在”には実体があったということだ。昨夜の諸君らの遭遇したものについて熊一殿が放った手裏剣には血痕が残されていた。つまり奴は負傷した。幽霊が怪我などするものか。つまり奴は生き物だ。さすれば。」
錦七が得意気な顔をするのを安田は苦々しく思ったが続けた。
「果たして“見えない“のだろうか?”“見えなかった”のではないか?
暗闇のせい?それもあっただろう。だが土地に住む女ですら“見えなかった“のだから
奴は何らかの術を講じていたのだ。」
「忍びか_。」
「かも知れん。だが、膵臓を抉るなど、ひととは思えぬ嗜好の持ち主だ。」