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将来の夢

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「帝都とまるで空気が違うよな」
ロイはバルコニーに立って大きく伸びをする。それから手すりに手をかけ、ひらりと跳び上がる。
「ロイ!」
次の瞬間には、ロイは手すりに腰掛けている。何度見てもこの光景だけはひやりとするものだった。
「大丈夫だって。それに落ちたとしても、これぐらいの高さなら着地出来るし」
「そんなことを言って頭から落ちたら命を落とすぞ」
大丈夫とロイは軽やかに笑って答え、こっちに来いよ、と、誘いの言葉をかける。

帝都からこのマルセイユに到着したのは昨日のことだった。父上の長期休暇の申請が降りたことで、久々に空気の良いマルセイユの別荘で休暇を過ごすことになった。

帝都からマルセイユまでは車で丸一日かかる。ただ車に乗っているだけといってもこの身体には堪えることで、昨日は別荘に到着するなり休んだ。じっくり休んだことが良かったのか、それとも帝国よりも綺麗な空気が良いのか、今日はいつも以上に体調が良かった。

ロイに促されるまま、読んでいた本を閉じ、バルコニーに出る。其処からは海が見えた。
「こんな天気の良い日に父上と母上だけ出掛けるんだもんな」
「式典への出席だから仕方無いよ。明後日には私達も連れていってくれるって言ってたし」
「こんなに天気が良いんだからさー……」
ロイは空を見上げ、それから海を見つめた。そして何かを決めた様子で、手すりから降りる。バランスを崩して落ちるのではないかと思い、慌てて手を差し出した私の心配を余所に、ロイはにこりと笑って私の手を取った。
「ルディ。海に行こう」
「え?いや、私は具合が悪くなってはいけないから……」
「それだけ体調が良いから大丈夫だよ。ミクラス夫人に許可を取ってくる!」
ロイはぱっと手を放して元気良く部屋を出て行く。扉は開け放ったままだった。ロイが階段を下りる音が聞こえてくる。その音からして、一段飛ばしで駆け下りたな――と思った。
「ハインリヒ様!階段をそのように駆け下りては危ないと何度も申し上げたでしょう!」
ミクラス夫人の声が聞こえてくる。部屋を出て、廊下を歩いていると、ロイは私と共に海に行きたい旨を告げているのが聞こえた。ミクラス夫人が、今日は暑いですよ――と苦言を呈した。困ったような顔で階段の上にいる私を見上げる。
「ミクラス夫人。一時間だけ海に行きたい。それぐらいなら大丈夫だから」
「……解りました。きちんとお帽子を被って下さいね。なるべく日陰に行って……。あ、10分待ってください。私も参りますから」
ミクラス夫人は一旦部屋の奥に戻って、10分足らずで私達の許に戻ってくる。その手には二人分の帽子があった。



海に行くのは何年ぶりだろうか――。
空からは太陽が燦々と降り注いでくる。その暑さはあったが、潮の香りと風が心地良い。ミクラス夫人に促されて日陰に入ると、其処はひやりと気持良かった。
ロイは元気よく海に向かって駆け出した。裸足になり、波打ち際に立つ。波がさあっとロイの足下を駈けていく。
「ハインリヒ様!それ以上、海に入ってはなりませんよ!」
ミクラス夫人の注意にロイは笑って手を振った。そして私に手招きをする。
「少しだけ――良いかな?ミクラス夫人」
ミクラス夫人は渋るように眉根を寄せたが、少しだけですよ――と言って、許してくれた。日陰から出て、ロイの許に向かう。波が打ち寄せる場所に近付く前に、ロイのように裸足になった。
「面白い形の貝があるんだ」
ロイは海の中を指差す。覗き込むと、足下をさあっと海水が流れていく。
「冷た……っ」
「すぐに慣れるって。ほら」
ロイは海水が去った後の砂浜から、貝を取り出した。空から降り注ぐ陽は暑いのに、海水がこれだけ冷たいことに驚いた。考えてみれば、海水に触れたのは初めてだった。
「本当だ。面白い形をした貝……」
巻き貝のようだったが、何という名前なのかは解らない。ロイの手の中で固い殻からひょっこりと姿を出した触覚のようなものを指先でちょいとつつくと、忽ちそれを引っ込める。暫くしてロイはそれを元の場所に戻し置き、それから視界いっぱいに広がる海を見つめた。
「ずーっと海の向こうってどうなってるのかな」
「湾を出ると外海にでる。北回りの航路を取ればアジア連邦が、南回りには新南アフリカ共和国がある。そしてこのまま真っ直ぐ行けば、人間には立ち入ることの出来ない焦土があるらしい。惑星衝突が原因で未だ草木が生えない場所が」
「ルディは夢が無いなあ。海の真ん中――それこそ地平線が見えないぐらいのところに行ってみたいと思ったことないの?」
ロイは呆れたように肩を少し持ち上げて言った。地平線が見えないような海の真ん中――、そんなところに行ってみたいと思うのはロイだけではないだろうか。
「……怖くないかな?辺りに海しかないのって」
「どういう感じなのかなあって思うんだよね。外海自体、見たことないからどんなものか解らないけど。将来、ヨットで航海してみたいな」
「将来……」
「他の国に立ち寄りながら世界一周って良いと思わないか?」
「世界一周……良いな。色々なものが見られるだろうな」
他国の風土を思い浮かべながらも、私には無理だろうと心の何処かで思っていた。ロイなら叶えることも出来るだろう。けれど私は――。
「何だか気のない返事だなあ。将来の夢、無いのか?ルディ」
「私は……」
「なりたいものぐらいあるんだろう?」
ずっと胸に秘めていることがあった。まだ誰にも打ち明けていない。ロイにも――。
父上や母上が賛成してくれると思えない。無理だと言われるのが怖くて、まだ言い出せないでいた。


「私は……、高校に行きたい」
ロイは眼を大きく見開いた。まさかそんな回答が来るとは思わなかったのだろう。
「ずっと学校に通いたいと思ってた。家庭教師の先生が悪いとか嫌だとかそういうことじゃないんだけど……、私もロイみたいに学校に行きたいと思ってたから……」
「父上か母上にそう言ったの?」
「まだ……。反対されるだろうから、誰にも言ってないんだ」
「……うーん、早く言った方が良いんじゃない?来年入学することになるのなら、準備もあるだろうし……」
「……反対されないかな」
「けど高校に行きたいんだろう?」
頷き答えると、ロイは笑って言った。
「だったらそれを父上や母上に伝えれば良いじゃないか。俺も応援するし、きっと父上達も解ってくれるよ」
「そうかな……」
「うん。俺も言ってみるつもりなんだ。士官学校じゃなくて高校に進みたいって」
「ロイ……」
ロイが士官学校を敬遠していることは薄々感じていた。ロイは軍人を志望していない。
だが、この家を継ぐ者は軍人となるという暗黙のしきたりがある。私は身体が弱いから軍人となることは出来ない。ロイに全てを押しつけるようで、いつも申し訳なさと情けなさを感じていた。
「士官学校って厳しいって話だし、それに今の友達と別れたくないから、普通の高校に通いたいんだ」
私の希望以上に、ロイの希望は叶いそうにない。それでもロイは父に願い出るつもりなのだろう。
作品名:将来の夢 作家名:常磐