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その日までは

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姉の場合


 潤也の姉、中谷恵子は、この春、自分が大きな転機にいることを感じていた。長女の花音(かのん)は小学一年、次女の鈴音(れのん)は年少にと、それぞれ就学就園する。これで、日中の間に自由な時間が持てる。
 
 
 恵子は七年前、結婚してからも当然のように仕事をしていた。花音を妊娠しても産休を取って仕事を続けた。
 結婚する時から家庭に入ることなど考えたこともない。専業主婦の母の下で育った恵子は、家事一切母任せで料理ひとつできなかった。学生の頃は勉強さえしていれば、誰も何も言わなかったし、勤めてからも仕事が大変だと言って、掃除洗濯すべて母任せだった。それが専業主婦である母の仕事だと思っていたから特に気にしたこともない。
 こんな家庭的でない自分でも構わないと、当時付き合っていた和也が言ってくれたので、結婚しようと思った。そして、結婚後は一人暮らし経験者の和也にリードされながら、慣れない家事もなんとかこなした。こうして和也の協力の元、仕事も順調に続けられた。
 ところが、産休が開けて本格的な仕事と子育てとの両立が始まると、その大変さに戸惑うことになった。
 花音を近くの保育園に預けたものの、熱を出したの、お腹をこわしたのと言っては、母の万里子を頼った。その度に万里子は往復二時間の道のりを通い、花音の容態によっては泊まっていくこともあった。
 そして二人目を身ごもった時、恵子は喜びよりも先に不安が頭をよぎった。みんなから仕事を辞めるように言われるのではないかと。
 さすがにその頃になると、万里子は通うのが大変だとこぼすようなっていたし、和也も新婚の頃とは違い、家事に注文を付けるようなっていた。
 
 そんな時に、自宅を改築するという話が飛び込んできた。恵子はここぞとばかり同居話を持ち出した。
 その話を聞いた時、和也はいい顔をしなかった。でも、こんな好機を逃すわけにはいかない。今まで以上に花音の面倒を見てもらえる上、今度の子も安心して産むことができるのだ。
 二人目の妊娠を盾に、恵子は自分の意見を押し通した。今のマンションでふたりの子どもを育てるのは手狭だから、一石二鳥、いや三鳥だと熱弁をふるい、一歩もひかなかった。こうして強引ではあったが、なんとか和也の了承を得た恵子は安心して二人目の子を出産し、産休明けには仕事にも復帰できるはずだった。
 ところが、計算外の事態が起こった。実家近くの保育園はどこもいっぱいだったのだ。
 家の工事が進む中、預け先は一向に決まらない。いくら恵子でも、三歳の花音と今度生まれてくる乳飲み子の二人を万里子に預け、仕事に出るわけにはいかない。
 とうとう預け先が見つからないまま臨月が近づき、会社に産休届を出さなければならない時が来てしまった。仕方なく、恵子は会社を退職した。
 
 
 あれから三年――
 子どもたちがそれぞれ、学校や幼稚園に慣れてくると、恵子はこっそり復職先を探し始めた。
 幼稚園の週二回の弁当作りは、朝早く起きればすむことだし、送り迎えも母や夫、父だっている。みんな協力してくれるはずだ、そのための家族、そのための同居ではないか、恵子はそれが当然だと思った。
 これで、苦手な家事から解放される、母さえいれば、この家は十分なのだ。どうせ自分なんてたいして役には立っていないのだから。
(ああ、やっと、これでスウェット生活から抜け出せる!)
 流行のスーツを着こなし、パンプスで闊歩する自分の姿が浮かんでくる。働きに出れば、心身ともに若返るだろう。
(これで花音ちゃんママから卒業だ!)
 とはいえ、子どもたちはまだ小さい。そうそう自由にというわけにはいかない。問題は通勤時間を短くすることと、残業がないという条件を満たす職場探しだ。
 
作品名:その日までは 作家名:鏡湖