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第二部 レーゲンスブルグ編1(74)であい

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C/W その頃ユリちゃんは… #1



寒っ…

ぼくは足元から昇って来る冷えから逃れるように、両足をそっと床から持ち上げた。

ロシアへ到着して一週間がたった。

アレクセイは早速新米活動家として外を飛び回っている。

ぼくは…彼の帰りをアパートの一室で待ちながら、家事をしたりアルラウネから講義を受けたり課題をこなしたりして過ごしている。

ロシアへやって来たぼくが一番苦しめられたのが、この寒さだった。

ぼくは瘦せっぽちなためか、昔から寒さに弱い。

母さんと二人で暮らしていた時は、冬になると母さんが懐の中にギュッと抱きしめてくれて、冷え切ったぼくの身体を暖めてくれたものだった。


正直ぼくはアレクセイやアルラウネが心配していたほど、今の生活を苦に思っていない。
アーレンスマイヤ家に迎え入れられる―14歳までぼくは今いるアパートよりもずっと狭く酷いアパートに母と二人で身を寄せ合うように暮らしていた。
父なし子とふしだらな母親として周りの人から後ろ指さされながら。
しかも、性別を偽っていつも周りに気を張りつめながら。

だから、今の狭いアパートも、貧しい食事も、それから日がな一人で暮らすことも、それほど苦とは思わなかった。こんなことぼくにとってはかつて日常だったし…、何よりも自分を偽ることなくありのままの姿で日々を送ることのできる精神的な自由は、生まれて15年もの間、絶えず張りつめていた緊張から、漸くぼくを解放してくれた。

ふと鏡や窓に映りこむ、長い髪にドレスを着ている自分の姿にも驚かなくなってきた。
朝起きてから夜寝るまで、ずっと自然の、ありのままの自分でいられる心の平安。
しかも、愛している人が隣にいてくれる充足感。
ぼくはこれ以上何も望むことはなかった。
…ただ一つの、その小さな事を除いては。。。。



冬のサンクトペテルブルグの、湿気を帯びた冬の冷気はこの古びたアパートの中にも容赦なく侵入して来て、床から靴の裏を伝わって冷えが足から全身へと広がってゆく。

ダイニングテーブルで本を読んでいたぼくは、椅子の下から上がって来る寒さに耐えかね床からそっと足を持ち上げた。
冷たくなった両手をこすり合わせながらハーっと息を吹きかける。

ふと、母さんが幼いぼくの手を包み込んでこうやって息を吹きかけて温めてくれたのを思い出してしまった。

― ユリウス、手が冷えているわね。
しもやけで赤くなったぼくの手を荒れてガサガサの手で摩ってくれて…しもやけに擦れて少しかゆかったっけ。。
でも…母さんの手に触れられると、冷えた手と…心までホッコリ暖かくなったな…。

いけない…。涙が。

Drunten im Unterland, da ist's halt fein !

ぼくはこみ上げて来た涙を胡麻化すために歌を口ずさむ。

今の生活になってもう一つ良かったこと。
それは、歌を気兼ねなく歌えることだ。

ぼくは…本当は女の子だから、男のふりをしていてももちろん変声期は来る筈もなく、声は高いままだった。
そのソプラノを買われて、ゼバスでは聖歌隊でソロを度々披露したりもしたけれど、高い声を気遣ってここ一年ぐらいは、なるべく好きな歌も歌わないようにしていたんだ。

女性の姿でいられるという事は、性別を偽って男装していた時には不自然だったこのソプラノもなんの違和感もないという訳で、だからぼくは今まで控えていた歌を、誰に憚る事もなく歌っていたのだった。

故国の民謡の明るいメロディに紛れて、溢れそうになっていた涙がスッと引っ込む。
その調子で二曲三曲と続けて歌い続ける。マリア・バルバラ姉様に連れて行ってもらったオペレッタの中でヒロインが歌っていたキュートなアリアに、大好きな「野ばら」…。

ぼくの心の隙間に時折すっと入り込んで来る母への思慕や郷愁が、口ずさんだ歌の美しい旋律にそっと溶けて行った。