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チャーリー
チャーリー
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招き猫

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ガタンガタン、ガタンガタン……
 小さな駅から、銀色の三両編成の列車が去って行く。どこか古めかしく寂れた感じのプラットホーム。パラパラと列車から降りた人々は、足早に改札口へと向かって行った。いつの間にかこのプラットホームにいるのは僕だけになっていた。けたたましく鳴っていた踏切の警報機が鳴り止むと、辺りはすっかり静かになってしまった。
 都心から一時間もかからない所にある日本有数の工業地帯を走るこの路線。〝都会のローカル線〟として名高く、鉄道雑誌や旅行雑誌でも度々紹介されているほどだ。たまたま読んだ小説に感化され、この路線の列車に揺られたくなって家を出た。そして、気がつけばこの駅で列車を降りていた。特に大きな目的があるわけでもなく、ただフラリと、何となしに。
 しばらくプラットホームに佇んでいたけれど、そろそろどこかへ行こうと歩き出す。改札口を出て、駅前の踏切を渡る。その先は商店街だった。どこにでもあるような商店街だし、駅と同じく古めかしくて寂れた感じだけれど、妙に懐かしい風景だった。少し歩いてみることにした。
 古くから営業しているという佇まいの店も多く見受けられた。そんな中を歩いているうちに、忘れたくて仕方のないことが、どういうわけだか後から後から頭の中に浮かんでくる。信じていた人には裏切られて、うまく進んでいた話もそれによって立ち消えしてしまった。よくある話なのだろうけれど、全てを失ってしまった気分だ。それで少し立ち直るきっかけが欲しいと思って、あの〝都会のローカル線〟に乗りに来たという面もある。それなのに思い出したくないことを思い出してしまうとは、何とも本末転倒な話なのだけれど。
 苦い思い出を一つ一つ踏み潰すようにして歩いて行く。すると、小さな神社に出くわした。弁天様が祀られているようだ。鳥居の向こうをのぞくと、境内の短い参道に、一匹の三毛猫がいた。思わず足がそちらへ向く。しかし、その猫は僕に気づくと、一目散にどこかへ逃げて行ってしまった。反射的にため息が漏れる。
「猫にまで見放されてしまったか……」
 猫が去って行った方を見て、僕はつぶやいた。隣の家から聞こえて来るテレビの音だけが、辺りに虚しく響いていた。
 ついでだから、神社にお参りして行くことにした。本殿まで行き、心ばかりの賽銭を賽銭箱に入れて手を合わせる。ここまで心が荒れてしまうと、神も何もあったものではないのだけれど。
 参拝を終え、短い参道をトボトボと歩いて行く。それからどこへ行くともなくまた商店街をフラフラと歩くと、いつの間にか駅前に戻っていた。道端に、〝ラーメン〟と書かれた赤い幟がパタパタとはためいている。辺りを見回してみると、すぐ近くに小さな飲食店街があった。物陰にあるひっそりとしたものだったので、よく見ないと気づかないほどだった。その中に、幟の主と思われるラーメン屋があった。腕時計を見ると、すでに正午を回ってから随分と時が経っていた。昼飯がまだだったし、店も営業しているようなので、入ってみることにした。
 やや狭い店内には、〝昭和らしさ〟がいっぱいに詰まっていた。一昔前のテレビドラマなどで見る昔ながらのラーメン屋そのものだった。もう昼下がりと言っていい時間帯だ。そのためと言うべきか、それなのにと言うべきか、カウンター席にもテーブル席にも、何かしらの料理と共に酒の入ったグラスが見受けられる。客はみんな、髪に白いものが目立っており、リタイアしてからだいぶ経っていることが見て取れた。どうやらこの店は、食事をする場所という側面と、リタイア後の人々の昼酒を介したコミュニケーションの場所という側面があるようだ。これは面白い店に入ったものだ。
 そんな印象を受けながら、テレビのよく見えるテーブル席に座った。映っている番組こそたった今放送されているものだが、テレビの本体はブラウン管が使われた古いものだった。ほんの少し前ならどこにでもあった当たり前の代物だが、まだ残っていて現役で稼働していることに驚いた。
 壁やカウンター席の上には、メニューの書かれた紙が貼られている。どれも手書きで、そこに書かれている値段は、いずれも安かった。ラーメンは一杯四百円と、このご時世ではなかなか考えにくい安さだ。何を注文しようか迷った末に、六百円のチャーシューメンと三百五十円のウーロンハイを注文することにした。せっかくの休みだし、先客の皆様にあやかってみた。
 カウンターの奥には、街の中華料理屋のマスターを絵に描いたような初老の男性が立っていた。中華料理屋によくありがちな白い服を身にまとい、頭にはこちらもよくありがちな白い小さな帽子を被っている。〝ガンコオヤジ〟という空気さえ漂っており、その空気にどこか尻込みしながら彼に声をかけ、酒と料理を注文する。
 注文からいくらもしないうちに酒が運ばれて来た。マスターが一人でこの店を切り盛りしているようで、わざわざ作業の手を止めて酒を作って持って来てくれた。なみなみとウーロンハイが注がれたグラスと共に、
「これ食べて待っててください」
 と、マスターは僕の前に白菜キムチの載った白い小皿を置いた。何ということもないただのキムチなのだが、腹が減っているだけに余計うまそうに見えた。
 ウーロンハイを一口飲む。昼酒にしては少し濃い気もしたが、その濃さが、何か刺激を求めている僕にはちょうどっよかった。いろいろあって凝り固まっていた僕の心をほぐしてくれるような気がした。キムチに箸をつけてみると、でき合いのものかも知れないけれど、これもまた妙にうまかった。程よい辛さが酒によく合う。
 キムチをつまみに酒を飲みながら、さて、今後はどうやって生きて行こうかとぼんやり考える。人は一人では生きて行けないとはよく言うけれど、今はとてもではないけれど誰かを信じられるような心境ではない。天涯孤独が運命づけられているのであれば、諸手を挙げて喜んでそれを受け入れたい気分だ。自分以外の全ての人間がこの地球上からいなくなってくれたら、どれだけ幸せだろう?いずれにせよ、考えがうまくまとまらない。
とりとめもないことを考えているうちに、チャーシューメンが運ばれて来た。見た目だけで、まさに昔ながらのラーメンという印象を受けた。食べてみると、本当にシンプルな醤油ラーメンだった。実際、凝ったものよりもこういうものが一番うまいのである。ここは店構えだけでなく、料理もまた〝昭和〟という時代そのままだった。
「チャーシュー、おいしいでしょう!」
 カウンターの奥から、マスターが僕に声をかける。さっき受けた〝ガンコオヤジ〟という印象からは想像できないほどの、温かく、柔和な笑顔で。
「うまいです!」
 そう答えると、
「作りたてだからね」
 と、どこか自慢げに言い、彼はまた作業の続きに戻った。
作品名:招き猫 作家名:チャーリー