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男二人がデスクに座っていて書類の整理をしている。一人は、片方の男のアシスタントという感じであり雑務や経理を担当する。一人は腕、いわゆる技術を売る仕事をする。この二人のしている仕事は弁護士業であり、ここの建物は、つまるところ弁護士事務所である。
 この弁護士事務所は、ある男の強い野望により設立された。その男の名を常雄右腕といい事務所の名を「常雄弁護士事務所」という。
 常雄弁護士事務所は、アシスタント役と、常雄の2人で切盛りされている。
 常雄は弁護士としては若く、他のベテラン弁護士と比べて大きな実績は無いが、裁判以外の弁論に強く先方を洗脳する術に長けていた。その為、パイプ役となるクライアントの確保にも恵まれていて、一般的な弁護士と比べて早い段階から独立する事ができたのである。

 正午過ぎの昼下がり、常雄は、いつもの様に弁護士事務所を出た。10月に入ったとはいえ、まだ、夏の暑さが残りセミが鳴いている。エアコンのきいた事務所から出た途端に汗が噴出し、その汗を拭いながら通りへと歩きだした。
 北に100m程歩いたところで大きな雑居ビルの通りに出た。渋谷通りである。男女のカップルやナンパ待ちの女の子、その他多様な目的の人々が右往左往している間を抜ける。
 途中、常雄は、ふと誰かの視線を感じた。視線の感じた方向に目をやるが居るのは、ありふれた人ごみであり彼は気のせいだと思うようにした。
 常雄の目的地は、この人ゴミを抜けなければならない。100m程この人ゴミを抜けて真っ直ぐ進むと巨大なビルディングが、いくつも、そびえ立つ。このビルに常雄のクライアント、いわば打ち合わせをする顧客が居る。
 常雄は、この人ゴミの多い通りをようやく抜け切った所で、目の前に女が一人立たずんでいるのに気が付いた。女は、目を見開きどこか遠くへと視線を向けている様であるが、その視線の先を常雄は見る事はできない。女の視線の先は常雄であり、真っ直ぐ常雄に向けられているのであった。
 「何か用ですか?」
 常雄が女に尋ねようとしたその時、女は、右手をバックへと入れた後、出刃包丁を取り出したのである。女の顔は、みるみる鬼の様な形相になり、そして―――
 
 気付いた時には、その女の顔が目の前にあった。
 「う!」
 常雄に激痛が走る。その激痛は足元から込み上げる如く脳天へと突き刺さる様な痛みであった。その痛みに何が起きたのか理解できない常雄だが、その何かは女が常雄に刺した包丁を抜く事で悟る。
 常雄の脇腹から滴れ落ちる、その赤は間違いなく常雄の血であり、命の絆と言える物である。
 常雄にとって、自分に何が起きたのかを理解するのに、その赤を見るので十分だった・・・


 常雄にとっては、これは理不尽な出来事であった。人に恨みを買うような生来き方をしてきた訳じゃないし、それどころか人に胸を晴れる様な人生を送ってきたつもりだった。それなのに、なぜ、こんな事になっているのか? そんな人生への失望と無念が入り混じりながら、常雄は、思考を巡らす。頭に在るのは、「なぜ?」という言葉のみである

 その疑問を拭い去る為に女の顔を見上げる。だが、痛みでそれどころでは無い常雄は蹲まってしまう。
 「うぅぅ・・・」
 常雄は声にならない声を上げる。女に聞きたい事は山ほどあるが痛みで声が出ない。
 「私と一緒に死んで・・・」
 女は絶望に満ちた表情で涙を浮かべているが、それは常雄には判らない。ただ、その涙は零れ落ち常雄の肩を濡らす。
 女からは常雄を責め立てる言葉が並べられるが、それも常雄には理解できない。というよりも理解しようとする力が残っていない。常雄の意識は朦朧しはじめ、意識を失っていくのであった―――
 
 


 常雄はベットの上をで目を覚ました。全ては夢か幻か、いずれにせよ意識を失っていた様であり、自分に何が起きたのか周囲を見渡してみる。だが、夢でもなんでもない。医療機器に囲まれ、自分が女に刺されてしまい重症になっているというのが明らかであった。
 「痛!」
 常雄が動こうとすると激痛が走る。この激痛と向き合うと自分が今、なぜ、この様な状況に陥ってしまったのか、どうしょうもなく知りたくなる。そして痛みを感じる事で、この理不尽な状況を見つめさせる。常雄はパニックに陥り訳も判らずに手を動かす。そして見つけた。ナースコールを……


 1分程でナースがやってきた。その3分後くらいに医者らしき男がやってきて常雄に容体等、説明したのだが常雄は医者の言葉が耳から左に抜けるように聞いていない。全く上の空という感じである。人生に絶望したかの様なその表情は、命があるという有り難味すら感じいない様にも思える。
 というのもこの常雄、ケガをした事で現在抱えている裁判の仕事がオジャンニなった事を絶望しているのである。常雄にとって、今回の裁判の仕事は一世一代の大仕事であり絶対にやり遂げなければならなかったからだ。この仕事をやり遂げて成果を上げる事が可能であるならば彼は、この業界で自分の存在を認められ「勝ち組」として優越感と名誉の称号を得る事ができるからである。だが、その希望は無常にも今回の事件で消え去ったのである。
 弁護士という職業は、基本的に、商売と同じである。いくら資格があろうとも業績を収め業界に名を売らなければ仕事は手に入らないのである。もちろんサラリーマンの様に何処かの弁護士事務所に所属してそれなりの成果を上げる方法もある。だが、常雄は個人事業主としてフリーの弁護士として独立していたから、完全に歩合性なのである。今回の裁判の成功報酬は数千万以上であり、常雄が一年間に平均100件の裁判をこなして得られる報酬のはるか上なのである。どんな弁護士でも絶対に成功させたい仕事であり、それが奪われた常雄は失意のどん底であったのだった。
 「常雄さん。ちょっといいですか?」
 そんな失意のどん底にあった常雄を尻目に来訪者が現れ話しかける。来訪者は警察を名乗り事の成り行きを説明する。
 「常雄さんを刺した被疑者は現行犯逮捕しましたが―――」

 警察の説明によると被疑者、いわゆるあの女は、私の事を恋人と間違えて刺してしまったのだそうだ。彼女は男女関係のもつれにより無理心中を図ろうとしたらしのである。全く在り得ない様な話であるが起きてしまったのだからどうにもならない。仕事を失った怒りを抑える事もできないし彼女に責任をブツケルしかないのである。私は彼女に慰謝料を請求することにした。不等とも言える莫大な金額の慰謝料を―――



 常雄はケガも完治して日常生活に戻っていた。仕事にも復帰できる様になり何かを忘れる様に没頭して仕事に取り組んだ。そんな仕事の日々が2ヶ月くらい続いたある日、常雄は、自分を刺した女の事を思い出していた。
 (彼女も精神的に追い詰められていたのだろうか……)
 常雄は時間が経過したと共に冷静さを取り戻したのだろうか、自分以外の事を考える余裕が出来ていたのである。
作品名:同じシナリオ 作家名:西中