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藤井と根岸線

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彼は記憶を失っているので私の事を「藤井さん」と呼ぶ。記憶喪失する前は、当然のように下の名前で呼んでいてくれたから気付かなかったけど、苗字で呼ばれるのはいかにもな……
藤井もそれに合わせて苗字で「根岸さん」と呼ぶのであるが、根岸は根岸としての記憶がなく、覚えているのは異世界から来たという記憶だけ。根岸は、今の世界での記憶だけ、すっぽり無いことについては違和感感じるそうで、それ以外の記憶はすんなりと受け入れたそう。たぶん、それは異世界時代の経験が元になってるはずで、だからこそ藤井と根岸はその記憶が本当に正しいものかどうか確認しなければいけない思いに駆られていた。


藤井にとっては昔の親しき根岸が欲しい。根岸は異世界の故郷に帰りたい。

根岸が扉を閉じると扉は消えてしまった。
「大丈夫だから、この場所さえ忘れなければ、いつでも、もどれるから」
根岸は異世界の動物が扉を通り地球に来ることを心配していた。異世界の生物は地球の生物とは全く似ていないらしく、姿かたち性格も、藤井が知ってるものとは違う。地球生物は食物連鎖が種を越えているけれど、異世界生物は食物連鎖の種が一種しかない。つまり根岸のような人間そのものが互いに喰らい合って自然の秩序が保たれている。だから異世界生物が地球にくれば、人は食べ物として認識されるそうで、扉は隠さないといけない。



根岸が地球人を食べ物として認識し、襲わないのは、根岸にとっての食事文化は野生でする狩りとは違うからで、つまりは根岸のいた世界ではヒトが家畜として売られているのが食文化になっている。
家畜されるヒトとそうでないヒトの違いをどうやって選別しているか。根岸の話を聞いた限りではインドのカースト制がサンプルとして近いものがあると藤井は感じた。生まれた時点で階級が決められ、一番したの階級は奴隷として扱われるか、食われるかののどちらかで……




街を逃げだした家畜は野生化してヒトを襲う。つまり共食いをして生きようとする。異世界生物は要するに種族間で共食いをする文化である。
しかし、街から逃げ出した家畜は街の外で生きていける訳ではない。根岸のいた世界は、地球よりも温暖化が深刻で、街全体は自然熱の猛威に耐えられる様にシェルター化し大気を防御し、覆われている。地球人より遥かに科学が進んでいるそうで…

根岸が言った。「ついに浄化したんだな」

浄化というのは、自然の再生、緑の再生、温暖化の解決のことを示す。根岸が異世界にいた時代から、ずっと浄化の研究は行われていて、その成果が根岸が地球に来ていた間に実現された。恐らくはシェルターで囲まれてない緑いっぱいの広い世界があるのだと根岸は期待していた。



根岸は地球に来る前は父親をしていた。子供もいて、妻があり、それらを置いて地球に来た。藤井が知るごく一般的な家族像とは違い、家族を捨てて地球に渡るのは異世界では普通とされている。
地球で異文化を学び、元の世界に帰るのは、ある種の旅、ある意味冒険、娯楽の一環であり、根岸の様な種族が地球に来て異世界に帰るのは、割とよくあるそうで……

根岸の年齢は100歳である。見た目は30前後にしか見えない。地球には戦後直後から来ていて藤井よりも情勢に詳しい。歴史に関しても詳しく、大学で考古学の教授をする程であった。根岸はそれも全て忘れてしまっている。





根岸が異世界に帰るのは、その忘れた記憶を再生したいが為もある。異世界の技術を使うと記憶喪失を改善できる。必ずしも成功する訳ではないが、出来るだけ早くやれば、記憶が戻る確率が増すらしい。

根岸は、記憶が戻ったら、地球での職場に、必ずしも戻りたいと思ってはいない。

根岸にとっては戦後の復興から人がどう立ち振る舞うのか研究したかったから地球へ来たのであって
戦後70年も経っている今は、研究データは出尽くしている。
教授としての記憶、あるいは藤井の友人として記憶が根岸にとって都合の良いものでなければ、地球人として加わる意味がない。

【これまでの生活がよかった。だからこそ今まで元の世界に根岸は帰らなかった】

根岸もそう考えたが、それはあくまでも希望的観測に過ぎない。たとえば記憶を失った理由が目の前にいる藤井にある場合、たとえば根岸を殺そうとして記憶を失わせたかもしれない。

根岸は藤井を疑っていた。

藤井は疑われたくなかった。しかし、潔白を証明することも出来なかった。
藤井にとっては、このまま根岸が地球に戻らない結果になることが嫌だった。だからこそ、根岸について来ている。
藤井は根岸を大切に思っている。万が一異世界から地球に帰れなくなっても覚悟がある

藤井にとっては未知の世界について行くには勇気が必 要だったかもしれない。その事は根岸も理解している。 しかし好奇心だけでついて来る可能性もあることを根岸は自身を例にして悟ってた。
根岸は藤井を信じてはいない。





藤井は目がチカチカした。まばたきしても、目を瞑っても、白い霧が飛び込んでくる。
霧が人の形をしてるのか、それとも人が霧になるのか……

「ああ、それはこの土地特有の磁場が魅せている幻覚だよ」

藤井が今見ているものは生前の両親の姿形だった。あるいは今まで知り合った友人、霧は形を変えながら、藤井の潜在意識から記憶をとりだして……

「磁場は体に害があるものではないから、安心して」


藤井は根岸の後を足早に、ついていく……








草原は
いつまで続くのか

草原は
どこまで続くのか

地平線の先は
どうなっているのか

藤井目は凝らしてその先を見つめている





「いったい街はどこにあるのですか?」







「そろそろだから」






動くのをやめた根岸は
空中をノックした。

何もない空間から扉が現れた。




「さあ、この扉の向こう側に

僕の住んでいた街があるよ」






藤井が見た光景は
これまで見た事も
聞いたことも
【ない】
世界だった……






「しばらく見ない間に、街並みが随分と変わったなぁ♪」

藤井は困惑している。はぐれないように根岸の肩にがしっと捕まる。

「はぐれても大丈夫だから。

直ぐに見つけて....あげるから」

根岸は言いながら
藤井の手を振り払い
前に進んで行く
藤井はその後ろを追っていく



作品名:藤井と根岸線 作家名:西中