二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

花、一輪

INDEX|15ページ/47ページ|

次のページ前のページ
 

二人の聖域


 ひび割れのように青色がちらちら覗く薄雲の空の下、二人は先程の会話の重さを引きずり、石畳の道を無言で歩く。
 唇を真一文字に引き結んでいるルヴァのまなざしは少し前を歩くアンジェリークの後ろ姿へと注がれ、引き続き彼女の真意を探るべく思索にふけった。
 再会してからの会話、彼女の揺れ動く態度などを改めてひとつひとつ思い返し、頭の中でじっくり精査してみる。

(アンジェの態度はやはり何らかの要因で恋愛ごとそのものを恐れているようにも見えますね……買い出しに行けば分かる、ということは……何か外的要因があるんでしょうか)

 そんなことを考えていたところで先を行くアンジェリークがふいに足を止め、前方を指差した。
 すぐ目の前を横切る川には石組みの眼鏡橋が架かり、その橋の先には高い城壁が見えた。城壁の周囲には古い町並みが軒を連ねている。
 額にうっすら汗が滲む程度の速度で歩いてきたためか、ルヴァのどうしようもなく落ち込んだ気分はひとまず融解していた。それはアンジェリークも同じだったようで、表情には笑みが戻っている。
「わたしのいるところは周辺がほとんど農村地帯だから食べ物は豊富にあるんだけど、生活に必要なものはここへ来て買っているの」
 徒歩で三十分ほど歩いただろうか、この地域全体から見れば城壁外の下町の延長線上にあの村があると言える。
「見たところ城塞都市なんですねえ、情緒ある町並みがとても美しいです。しかしあなたの足ではちょっと遠出すぎるんじゃないですか? あまり無理をしてはいけませんよー」
「大丈夫よ、今はオルヴァルが色々買ってきてくれてるし……それに医療施設もここにしかないから」
 医療施設という言葉にルヴァの心臓が跳ね上がった。
「……あの、もしかして、どこか悪いんですか」
 それが彼女の躊躇いの原因だったとしたら────と考えて、どきどきしながらアンジェリークの返事を待つ。
「膝以外はなんともないわ。最後に病院のお世話になったのは去年の初めだったかしら。さあ行きましょう」
 実は余命いくばくもないなどと言われやしないかと肝を冷やすルヴァとは対照的な、アンジェリークのあっけらかんとした態度にすっかり拍子が抜けた。

 それから二人は幾つかの店を渡り歩き、生活に必要なものを次々と買い足していった。
 寝具を扱う店を見て回った際、店員が言うには「ついでに置いてみた」というナイトウェアの豊富さにも驚きつつ────店の規模からすると多種多様な品揃えに本当に驚いたのだ────アンジェリークはパジャマの何着かを代わる代わるルヴァの体に当てては、あれがいいこっちも可愛いと終始楽しそうだった。ルヴァはルヴァで肌触りのいいものを最優先にして(そもそも寝ている間に着るものの柄などは割とどうでも良かった)彼女が選んだ中から数点選び出してようやく購入を決めた。
 その売り場では男女両方のナイトウェアがあり、何とはなしに見ているアンジェリークの様子に今度はルヴァがあれこれと引っ張り出し始め、彼女の前に似合いそうなものをかざしてみせる。そのどれもこれもが可愛らしいデザインで、アンジェリークから苦笑交じりの抗議の声が上がる。
「……ルヴァ、わたしのは必要ないわよ?」
 アンジェリークの顔と交互に見比べながら、うーん、と声だけは真剣に唸っているがルヴァも楽しげだ。恥ずかしいかどうかで言えば、当然恥ずかしい。何しろ選んでいるのは下着まではいかずともそれに準ずるプライベートなアイテム、恐らく耳まで赤く染まってしまっているだろう。それでも二人で一緒に買い物をしている事実が嬉しくてついつい夢中になってしまうのだ。
「どうせならこの際新調しませんか。ほら、これもきっと似合いますよー」
 彼が手にしているのは、肌を覆い隠すゆったりとした形にフリルとレースもふんだんに使われている真っ白なネグリジェだ。デコルテラインは出るがパフスリーブつきでくるぶし丈のそれはとてもクラシカルなデザインで、見た目には少し簡易なワンピースにも見える。
「思いっきりあなたの趣味な気がしてるんですけど……」
「そうですねえ、あくまでも主観で選んでいるので……オリヴィエのようにあなたの魅力を引き出せるような選び方ではないでしょうね」
 それでもこの白く輝きを放つシルクはアンジェリークをより一層清楚に美しく魅せることだろう────そう思ったルヴァは彼女の意見を聞かずに、自分の買い物と纏めてもらうよう店員に告げた。
「私が見たいだけですので私からのプレゼントです。着るか着ないかはあなたの自由ですよ」
 綺麗に梱包された紙袋を手ににっこり微笑んでそう言うも、アンジェリークは僅かに頬を染め口を尖らせた。
「さっきもそんなこと言って色々買ってたじゃないの。もう、今日はルヴァのために来たんですからねっ!」
 雑貨や調理器具など彼女が関心を示したものは、どこに置くのか、どう使うのかなど詳しく話を聞いて必要と思えたものは全てルヴァが購入していた。
 その都度アンジェリークから「いちいち買わないで、あなたに貢がせる気はない」としっかり釘を刺されたが、それらを全て理屈屁理屈で突っぱねた。
「オトモダチでしたら誕生日祝いをしたりしますよね、会えなかった年数分の誕生日プレゼントだと思って下さい」
 ”オトモダチ”を強調してアンジェリークがぐっと黙り込んだのをいいことに、ルヴァは喜色満面の笑みで彼女の手を取り、次の店を促す。
「寝具はもうあらかた揃いましたし、そろそろ肝心のベッドを探さないといけませんねえ……アンジェ、疲れてはいませんか」
「ええ、まだ歩けるから平気よ。辛くなったら言うわ」
「ゆっくり行きましょう。無理しないですぐに言って下さいねー」
 ルヴァの穏やかな声音と微笑みの前にアンジェリークは繋いだ手を解けないまま、心の奥底を甘く満たす感情を持て余した。それでも人々から無造作に注がれる好奇に満ちた視線が、アンジェリークにとってはいばらの棘となって柔らかな胸の内を刺し続けている。と同時に、他人の目を気にする様子がまるでないルヴァに想いの全てを託してしまいそうな自分の狡さを嫌悪する。
(なんて狡いんだろう。ルヴァをきっぱり突き放せないのに、何度も期待を持たせるようなことばかりして……最低だわ、わたし)
 中途半端な態度の奥に隠された真実をアンジェリークはまだルヴァに告げられない。二人の別離を決定づけてしまいかねない恐怖の前に、卑怯と分かってはいても今はただ怯えているしかなかった。

 皮膚の一番上に笑顔を貼り付けながらアンジェリークはふと思う。この笑顔は泥の仮面だと。涙に濡れるとすぐに剥げ落ちてしまう、脆く儚い泥の仮面だと。
 ルヴァに気づかれないように下唇を一瞬噛み締めたアンジェリークだったが、その僅かな仕草をルヴァは見逃さなかった。だが態度には出さずに引き続きアンジェリークの様子を観察していた。
作品名:花、一輪 作家名:しょうきち