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紅艶(こうえん)

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 教室の窓から校庭を眺めながら、小さく欠伸を噛み殺した。時計を確認してそろそろ授業が終わるのを確認して、帰り支度を始める。その途端に終業のチャイムが鳴った。
 皆ゾロゾロと昇降口に向かうのを横目で見ながら、僕は自転車置場から自転車を出す。クラスの友達たちと校門の前で別れ、僕は家へと帰る道を進む。時間はまだ昼前で、真っ直ぐに帰宅するには未だ早い時間だと思った。
 陽の光がやっと気持ちよくなって来た三月。今日で三学期の期末試験もお終いだ。この先は終業式まで幾日も学校に行かなくても良いと思うと、僕の気持ちは今日の天気のように晴れ晴れとしていた。
 僕の名前は鈴目隆(すずめたかし)地元の私立高校に通う高校一年生で、もうすぐ二年生になる。
 学校からの帰り道、爽やかな春の海風を体一杯に受けて、左側の海を視界に入れながら、海岸沿いを自転車で走って行くと、「寿不動産」と書かれた白い軽自動車が僕を追い抜いて行った。その車の後ろ姿を何気なく眺めながら僕はとにかく春らしいと感じたのだった。
「寿不動産」は家作を何軒も抱える我が家が管理を頼んでいる不動産屋さんで、寿と言うのは小父さんの苗字なのだ。この家も我が家と同じでこの街では古い方だった。確か父と寿の小父さんは同級生のはずだった。
 追い越された時に、車の後部座席に女性が乗っていたと思うが、良く見えなかった。寿の小父さんは、自分の店が管理している家作やアパートに入居希望者があると、あの車にお客さんを乗せて案内するので、特にこの春先は良く見る光景だった。

 今から思えば真っ直ぐに家に帰れば良かったが、僕は途中のコンビニに寄って今日発売の漫画雑誌を買っていた。ついでに小腹が空いたので蒸かしたての肉まんを二つ買って、店の前のベンチに座り、お目当ての漫画だけを肉まんにかぶりつきながら先に読む。
 どうせ家に帰れば色々な用事を言いつけられるのだと思うと、こうした寄り道も常習化して、やむないと思うのだ。漫画を一つ読んでやめれば良かったのだが、つい幾つもの作品を読んでしまった。
 気が付くと、先程の「寿不動産」の軽自動車が先ほどとは反対向きに通りすぎて行った。きっともう何処かの物件に案内してその帰りなのだろう。小父さんの商談が成功していれば良いと思った。なんせ、不動産業してるくせにお金回りが苦しいらしい。良く父にこぼしている。
 さすがに、そろそろ帰らなくてはと思い、漫画雑誌を自転車の前の籠に入れて走り出す。荷台の鞄が落ちないか確かめる。
 海岸沿いの信号を右折して坂を昇ると我が家が見えて来る。僕は海岸に別れを告げて坂を登って行く。正直これが結構大変な坂なのだ。
 坂を登った所を更に左折して数件目が我が家だ。一応もっとももらしい石造りの門柱があり、そこに「鈴目」と彫られている。
 
 その門柱の間を入ると我が家がある。車庫に自転車をしまうと、庭の飛び石をまたぎながら玄関を通りすぎて勝手口に回る。と、珍しくも脇から父に呼び止められた。
「おい隆、離れな、住む人が決まったぞ。若い女の人だ。今月中には入居するから、お前離れの掃除をしてくれ。ちゃんとバイト代出すから」
 離れとは、大学教授をしていた祖父が書斎として庭に建てた建物で、六畳と四畳半に台所と風呂とトイレが付いている。つまり小さいながらもちゃんとした1件の家なのだ。
「いくらくれるの?」
 まず金額を訊き出すと父は
「明日から三日間として一万円でどうだ!」
「もう少し……」
「じゃあ一万五千円だ」
「よし!」
 結局、その金額で決まった。貧乏高校生には一万五千円は大きい。
 僕は掃除を長引かせたく無かったので、鞄を父にあずけて、昼ご飯もそこそこに、バケツに雑巾、それに掃除機とはたき、そして箒とゴミ袋を持って離れに入った。
 道具やそれにスエット等の着替えは珍しく父が用意してくれたし、肉まんを食べたので腹は空いていない。それより現金に目が眩んだのだ。
 そんな僕の格好は頭には手ぬぐいで姉さんかぶりをしてマスクを掛けていた。こうして重装備をしないとホコリまみれになるからだった。

 離れは3畳ほどの玄関を入ると左が四畳半で正面は廊下がありその右側が台所で六畳はあるだろう。その奥と言うか並びが風呂とトイレだ。
 廊下の左側は六畳となっていて、その更に左側は縁側となっている。すべて和室だ。縁側からは庭が見渡せる様になっていて、家の中からは庭が見えるが、庭からは木々に邪魔されて家の中は見る事が出来ない。つまり表側からはプライバシーは守られているが、実は僕の部屋からはこの離れの窓が見えるのだ。最も今まで覗きなどは考えた事もない。
 祖父は何時もここで机に向かっていた。今から思うと論文でも書いていたのだろうか? こんな実験の設備も無い離れではきっと論文の推敲や清書ぐらいしか出来なかったと思う。
 畳に机を置いて跡がつくのも気にしていなかった事を思い出した。父によると、引っ越して来る前には新しい畳を入れるつもりだそうだ。
 玄関を鍵で開けて入ると埃っぽい空気が僕を襲う。それに構わずに上がり、縁側の板戸とガラス戸を開け空気を入れ替える。
 今日は六畳と四畳半を掃除する。試験休みの明日は、台所と風呂場とトイレをやって早々と終わりにしようと考えていた。
 掃除をし始めて、ようやく僕は先ほど見かけた「寿不動産」の軽自動車が我が家に来たのだと理解した。

 結局、掃除は予定通り翌日の夕方までかかったが綺麗になった。我ながらこれ程綺麗なら文句は出ないと思う。誰が住んでも大丈夫だと確信する。なんせ築二十年を超えている離れは純日本家屋なのだ。
 父は綺麗な女性が住むと言っていたが、仕事か何かだろうか? あるいは別な事情だろうか? 兎も角、何時やって来るのかは判らないが、綺麗な女性がやって来るなら楽しみになって来たと思うのだった。

 僕の住んでいるこの街は半分は観光で食べている。山の一帯は温泉地となっていて、ホテルや旅館が立っている。海沿いは海水浴で夏は人出が多くなる。
 口の悪い人間は「田舎の熱海」と呼ぶ。まあ、当たっていると僕も思う。熱海ほどメジャーな感じは無く、どことなくうらぶれた感じが一層田舎臭さを醸し出してる。
 僕の通ってる「誠明学園高校」は一学年百五十人、全生徒四百五十人に付属の中学が各学年百名の計三百人。中高合わせても七百五十人の小さな所帯だ。
 学業のレベルは入学は割合簡単なのだが、卒業が難しいので進学率は良い。毎年数名は有名国立大に合格している。男女半々の共学校だ。
 僕は今度、そこの二年に進級予定なのだ。期末の出来なら多分大丈夫と思う。いやそう確信している。

 やや春めいて桜も少し咲き始めようか、と言う三月の二十日にその人は引っ越して来た。小さなトラックに乗りきれる程の荷物と大きなスーツケースを持って寿不動産の小父さんと一緒にやって来た。
「こんちは、佐伯です。佐伯惺子(せいこ)です。本日から入居させて戴きます」
 母屋(僕達家族が暮らしている家のほう)の玄関先に立っていたのは、すらりとして髪の長い美しい女性だった。
 目が綺麗で、鼻筋が通っていて、まさに正統派の美人と僕は思った。
作品名:紅艶(こうえん) 作家名:まんぼう