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62 ミハイロフ邸にて

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第一章 目覚め


――どれくらい眠っていたのだろう?

目覚めると、豪華な天蓋が目に入る。

――こんなこと、以前にもあった気がする・・・。

覚醒しきらない意識の中ぼんやりと周囲を見回す。

「ここは・・・どこ?」

自分達の部屋じゃないことに気づくまでにそう時間はかからなかった。ユリウスは絹の夜着の裾を翻し、素足のまま部屋を出た。

「ア,レクセイ?ミーチャ?どこ⁉」

どんなに記憶を辿っても、朝教会へ行く息子を見送りその後買い出しに出かけたあたりまでしか思い出せない。ユリウスはどうしようもない不安に胸をかきむしられ,子供のように泣きじゃくりながら広い屋敷を彷徨った。慌ててとんできたオークネフと使用人になだめられ,抱きかかえられながらベッドに戻される。

「落ち着いて。アレクセイ坊ちゃまはまた必ずここに戻られますから,お腹のお子様の為にも,どうかお身体をおいとい下さい。」
「・・・え⁉」
「お腹に、お二人目のお子様がいらっしゃるのですよ!おめでとうございます、ようございましたね。あのアレクセイ坊ちゃまが・・・二人のお子様のお父さまとは!」
「・・・あの?」

未だ事情を吞み込めないユリウスは、一人浮き立つ老執事に無言で説明を求めた。

「私としたことが、大変失礼いたしました。こちらは、アレクセイ坊ちゃまのご実家でございます。高熱で倒れられたあなた様を坊ちゃまが連れて来られて、ご懐妊が判りました。熱も峠を越されたので大丈夫でしょうとお医者様が・・・」
「ここが、アレクセイ・・・の?あ・・・じゃあ、おばあさまが?」

アレクセイが7つの頃に連れて来られてミーチャが名前をもらった腹違いのお兄さん、ドミートリーが逮捕されるまで暮らしたという貴族の屋敷。愛ゆえにアレクセイを厳しく育て、愛ゆえに裏切りを許さなかったという祖母。アレクセイがロシアに戻ってからも決して跨ぐことがなかった敷居。不覚にも自分が倒れたことで、その向こうにいる自分を拒絶した祖母に頭を下げ、この身を託してくれたのだろう。ユリウスは夫の気持ちを思うと、懐妊の喜びよりもなんとも居たたまれない申し訳ない思いに沈んだ。

「はい・・・お会いになられたのは15年振り以上でしょうか・・・ヴァシリーサ様もたいそう驚かれましたが、今はとてもお喜びです。坊ちゃまが無事に生きておられて、ご結婚されて、大きなお子様のお父さまで、そしてお美しい奥様のお腹にもう一人・・・過去のわだかまりも、一度に吹き飛んでおしまいになられたのでしょう。ご心配なさらなくても大丈夫でございますよ」

――アレクセイも、おばあさまのことをずっと気にかけていた・・・二人を繋ぐいいきっかけになったのかもしれない。

ユリウスの気持ちを察したのか、老執事は久しぶりに迎えた若奥様を安心させるように明るい笑顔で諭し「失礼します」と額に手を当て熱を確認した。

「まだ微熱はあるようですね。ご気分はいかがですか?」
「今はそれほどは・・・そういえば、この感じは憶えがあります。つわりだったのですね」

この数日、食欲もなく気分もすぐれなかった。
――そういえば月のものも・・・。
ミーチャを産んで10年以上、すっかり忘れていた妊娠初期の症状・・・。

「せめて安定期に入られるまではこちらでゆっくり養生されて下さい。ヴァシリーサ様もそれはご心配されて・・・なにかございましたら、何でもこのオークネフにお申し付けになってくださいませ」
「オークネフ、その子は目覚めたのかえ?」

ノックの後、メイドを従えて(支える手を振り払って)アレクセイの祖母ヴァシリーサ・ミハイロヴァはユリウスの居室に入ってきた。起き上がりかけたユリウスに、そのままでと手で制しながらゆっくりとベッドに近づく。小柄で覚束ない足取りながら、その立ち姿は威厳と気品が漂う紛れもない貴婦人だった。

「はい、奥様の祈りが届いたのでございますね。ユリウス様、こちらがヴァシリーサ様でございます。奥様はですね、あなたがこちらに運ばれて一時もお目が離せない状態で、どうしてもあなたの傍に付いていたいと言い張られて・・・医者に諭されて、やっと真夜中過ぎにベッドに入られたのですよ・・・」
「オークネフ!!なんですかいきなり・・・おしゃべりが過ぎますよ!」
「・・・この際言わせていただきますが、奥様もいつの間にかお二人の曾孫さまのひいおばあ様でございます。もう何事にもご無理はなさらず、二人目の曾孫様を自力で抱っこおできになれるようにどうかご自愛くださいませ」
「・・・・・」

口下手で誤解を受けやすい女主人と、うら若い外国の孫嫁の初対面を取り持とうと、懸命にピエロ役に徹する老執事の様子に、ユリウスは半身を起こし慌てて間に入る。

「あ、あの!こんな状態で失礼いたします・・・初めまして、ユリウスと申します。こんな形で申し訳ないのですが・・・お会いできて、とてもとても嬉しゅうございます。アレクセイからよくこちらでの思い出話を聞かせてもらっていましたので、本当に夢のようです・・・」

碧の瞳を揺らめかせ、遠慮がちながら真っすぐに素直な気持ちを述べるこの可憐なソプラノに、その場の雰囲気がグッと和らいだ。

「・・・ヴァシリーサ・ミハイロヴァ、アレクセイの祖母です。こちらこそ・・・曾孫なんて、びっくりするやらうれしいやら・・・でもこの歳まで生きて来た甲斐がありました。ありがとう・・・」

そう言ってベッドの傍に置かれた椅子に腰かけると、堅い表情を和らげユリウスの手をその皴だらけの手でしっかりと握るのだった。

「おばあ様・・・そう呼べる人は初めてです。嬉しい」
「そうかえ・・・でもあの子は、私のことを良くは言っていなかっただろう?あの子には本当に辛く当たってしまっていたから・・・」

寂しげに顔を逸らし後悔を滲ませる老婦人に、ユリウスは懸命に取り繕う。

「いいえ!ガキの頃はくそババアって思ってたけど、だんだん不器用な愛情表現がわかって来たって・・・だから国を出る時は辛かったと。いつも気にしていました。とにかく元気でいてほしいと・・・」
「・・・くそババアですか」
――しまった!
「ご、ごめんなさい!そんなつもりじゃ…ボク」
「あーはっは・・・いいんですよ、最終的に元気でいてほしい、ならそれで・・・」
「奥様・・・」

この頑固な女主人の不器用な愛情表現の良き理解者であるオークネフは、感慨深げに頷いている。

「あなたとは、楽しくやっていけそうです。アレクセイが呆れるくらい長生きするつもりですから、末永くよろしくお願いしますよ、ユリウス」

そう言って身を乗り出すと、短い腕を伸ばし孫嫁の半身を抱きしめた。

「おばあ様・・・ありがとう・・・ボクは幸せ者です・・・」

10年ぶりに、二人目の子をお腹に宿した母ユリウス・・・ミーチャを宿したときは夫も自分も幼く、アルラウネが支えとなってくれた。その姉と別れ、親としては成長した今だが・・・久しぶりの懐妊を喜んでくれるはずの夫は傍にいない。そんな彼女にとって祖母のぬくもりは愛おしくありがたく、こみ上げてくる熱いものを抑えることなく、その柔らかくふくよかな懐にいつまでも包まれていたのだった。

作品名:62 ミハイロフ邸にて 作家名:orangelatte