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「ただいま」
と言ったところで返事があるわけではないとわかっている。一人暮らしなのだから当たり前だ。それでも口に出てしまうのは、もはや癖としか言い様がない。そんな癖などつけたくなかったのだが。
駿は鼻歌まじりにショルダーバッグを下ろしながら靴を脱ぎ、部屋に上がる。そのまま手にしたバッグをベッドに放り投げようとして、瞬間、手を止めた。
「おかえり」
そう言いつつも分厚い本から顔を上げず、ベッドの上で我が物顔でくつろいでいる男の存在に気付いたからだ。
駿は一つ大きな溜息をつくと、今度は躊躇いなくベッドへ向かってバッグを放り投げた。だが、ベッドの上の男はしれっとそれを避け、何事もなかったように本を読み進めている。
駿は小さく舌打ちすると、諦めて着替えを始めた。
「お前、なんでいるんだよ」
ベッドの端に避けられた部屋着を手繰り寄せながら駿がベッドの上の男、恵嗣に向かって声をかける。すると、恵嗣は面倒臭そうに口を開いた。
「合鍵持ってるから」
「そうじゃなくて! 今日はバレンタインだろ。なのに、」
「お兄ちゃんこそ、どうしてこんな時間に帰ってきてるの? しかも一人で」
ようやく顔を上げたかと思うと、恵嗣は皮肉な笑みを駿に向ける。
「ほっとけよ!ていうか、お前、彼女はどうしたよ?」
「彼女……っていうか他人に寄って来られるの面倒で。だから今日は学校も行かなかったし」
それで何故、駿の家に来るのかは皆目見当もつかないのだが、元々、恵嗣は何を考えているのかわからないヤツだ。気にするだけ時間の無駄だと、自分に言い聞かせる。それに、今日に限っては、恵嗣に会えたのは都合が良い。
駿は脱いだ服をベッドに放り、代わりに先刻投げたバッグを拾い上げる。そして、中から小袋を取り出すと、所在なさげにまた本へと目を落としている恵嗣に向かって放り投げた。
「それ、のえるから」
のえる、とは駿の歳の離れた従兄弟だ。家が隣同士ということもあり、駿とは兄弟のように過ごしてきた。大学進学を期に家を出た今でも、乞われればすぐ顔を見せに帰るほど、駿はのえるを可愛がっている。
「今日も行ったの? 本当、お兄ちゃんはのえるが大好きなんだね。ところでこれ、本命だって?」
「うるさい。てか、入院したらしいから見舞いに行ってきたんだよ」
「そう……」
恵嗣は特段興味もなさそうに呟きながら、手元の小袋を開けている。
「お前に会えるかなって言ってたぞ。今回は2,3日で退院みたいだけど」
「どうかな」
「どうかな、ってお前……自分の家だろ。帰れよ」
恵嗣はそれに応えることなく、小袋からチョコレートの包みを一つ摘み出した。


恵嗣の実家は、のえるの掛かりつけの個人病院だ。身体の弱いのえるは、年に数回、入退院を繰り返している。そんな中で院長の一人息子の恵嗣と、いつの間にか仲良くなっていたらしい。
見舞いに行くたびに、のえるから話を聞かされていただけの見ず知らずの男が、何故今ここにこうしているのかは、いまだに謎でしかない。
そもそも、駿が進学を期に家を出たのは、所属しているバスケ部の練習が早朝から始まり、遅くに終わるからで、普通に授業を受けるだけなら家からでも充分に通えた。それなのに、サークルにも所属せず、授業すら真面目に出ているのかよくわからない恵嗣が実家に帰らない理由が、駿にはわからない。ただ、一年近く一緒にいたせいで、わかったこともある。
それは、この男は気が向かない限り、何を言っても無駄ということだ。


そう頭ではわかっていても、駿は言いたいことは言わずにはいられない性格だ。だから、文句の一つや二つ、いやそれ以上言ってやろうと恵嗣へと詰め寄った。すると、恵嗣はそれを見透かしたかのように近付いてきた駿の首に腕を回し、体勢を崩させ、不意に口の中に何かを突っ込んだ。
「?!」
「甘いの、嫌いなんだよね」
何の感慨もなさげに恵嗣は言うと、ベッドに倒れこんだ駿に顔を寄せ、口内を一舐めした。
「やっぱり甘い……ねえ、ちょっとコーヒー淹れてきてよ、お兄ちゃん」
眉間にしわを寄せ、心底不快そうな顔をしている恵嗣を見上げながら、駿は拳を握り締めた。
作品名:no title2 作家名:akr