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K4

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「おはようございます、郵便屋さん」
「おはようございます、占い屋さん」
 午前七時半、このゲームの朝に最初に起こるイベント。仲の良い街のNPC二人の挨拶。そんな些細で何の得にもならない小さなイベントだが、このゲームの星の数ほどあるイベントの中では結構人気がある。今日も数人、日課のように朝一のログインからこの店前まで来てイベントが始まるのを待っているプレイヤーが居た。近くで棒立ちしているプレイヤーも居れば、アクセスするとちょっとした金額で雰囲気のある食事が出てきてキャラクターがモーションを起こすテラスに座っている二人組、占い屋さんのバフが目当てだったのかこのイベント直後にバフを貰っていくプレイヤー。
「おはようございます。ご用はなんですか?」
 何時ものプランで、と使用回数特典でカーソル位置が保存されている事を洒落て言う人も居る。まるでNPCのようなルーチンワークを行う廃人、それと反対にNPCだと気付けない様なランダムイベントを起こし続けるNPC。朝は朝でも目まぐるしかったり、相応にゆったりとした時間が混在しているのがこういう街だった。

 郵便屋さんは日が昇る前からその日の配達を始めて、占い屋さんの開店前までには終わらせて店まで来る。それが毎日起こるイベントで、郵便屋さんは占い屋さんが好き。そういう設定だ。勿論NPCであるないに関わらず郵便屋さんは毎日仕事をこなしている。
「水曜日、一番何もない日ですよね」
 管理者チャットに打ち込まれる愚痴。
「まあ、リアルでも週の真ん中でゲーム側もそういう事情でメンテナンス日にしてるからね。その日に何をしようと言うのが間違ってる」
「そうですけど、自分が居る時に暇って単純に勿体無いというか、土日月だったら忙しいですし」
 現代日本の守られた週休の代わりに、特に連絡のやり取りに関わる郵便屋さんのNPCは確かに週末から特に忙しい。
「その点占い屋さんは良いですよね。不人気NPCショップのてこ入れでバフショートカット実装されて一気に一番人気で毎日仕事に事欠かないと」
「私は毎日忙しくても暇でもどっちでもいいのだ」
 ギルドの催しで皆で狩場に行くだとかで店前がごったがえすのも、夕方頃からログインして何時もテラスで雑談してるペアが珍しく外に出る前にうちに来るのだとか、そういうプレイヤー側の逆イベントを楽しむくらいの付き合いがこの仕事にはふさわしい。
「おかげで私も此処に居れば退屈しないってのはあるんだけど」
 半分中の癖から、半分は周囲のプレイヤーの噂話から。そうやって郵便屋さんの設定は作られてしまった。
「嗚呼、今日もとてもとても素敵ですよー! 占い屋さんっ!」
「はい……」
 見飽きたエモーション。彼女のせいでこの親愛エモーションは、プレイヤーから求愛エモーションと呼ばれるようになってしまった。毎日行われるこの私への賛歌はふさの直打ちである故、パターンは無限。新機軸統合集積AIを売りにしているこのゲームでは、NPCの台詞もゲーム内のプレイヤーのチャットログから随時生成される為、何処がそのNPCの定形文なのか見破る事が難しくなっていっている。が、これに関してはふさの類稀な才能、情熱、愛情、色々な要素が組み合わさって完璧な独立したキャラクター性を作り出していた。
「私は毎日毎日感謝しています! 朝寝ぼけ眼で仕事をこなしながらも此処へ来れる事が、そしてここに佇む貴方の存在が、私がこうして貴方に愛を囁ける事を!」
「はい……」
 反面占い屋さんは、毎日毎日郵便屋さんの熱烈なアタックに辟易している。ふさの毎日飽きないボキャブラリーの深さにも、その本心の如何にも。占い屋さんの性格設定もそんなもので間違っては居ないし、彼女のおかげでそういうキャラクターに至ったのだが。
 あーでもないこーでもないと言いつづける郵便屋さんと占い屋さんのこのイベントは、郵便屋さんが店前に来てからランダムイベントが発生するか、お互いがキャラクターから離れるまでずーっと続く事になる。朝一から少しずつ、店の利用者、イベントの見物人、特に何するでもなくログインしてからさ迷いここで足を止めたプレイヤー。そんなこんなで人が増えていく。
「あら、郵便だ郵便だ。それじゃあ私お仕事行くね。占い屋さん」
「はい……」
 そうして私は解放される。

 彼女のランダムイベントがここから見える範囲で起こるのはとても珍しい。拡大し複雑になっていく街故に。まだ片手で数えるくらいも遭遇していないだろう。物理的にはすぐ隣に当たるが、イベントの都合上わざわざ彼女は遠くへ飛んで行き専用のルートから届け先へと至る。
「お郵便でーす!」
 とチャイムを鳴らしたにも関わらず声高々に来訪を告げていた。今回のお宅は判りやすい玄関とチャイムの配置で、そうでない時では彼女はチャイムも家の入り口も判らず建物付近でこうして叫び続ける事になる。
 今ではこのイベントが実装されて珍しくもなくなった為にスキップするプレイヤーも多いが、キャラクターの人気のおかげで偶然イベントに当たる事に喜んでメールを受け取る人も居る。勿論ゲームシステム上のメールなので物理的に手紙を届ける必要等ないのだが、イベントの有り難味と風情を優先した開発者がこのイベントが終了するまでメールをチェック出来ない仕様にした所為で、ランダムで郵便屋さんがメールを自宅に届けてくれるイベントには苦情が殺到した。そうしてイベント中でも対象のメールにアクセス出来るようにされたが、それでプレイヤーは来たメールをすぐにチェックするのが常なので生返事の相手をするばかりになってしまったのは彼女が可哀想と思わないでもない。
「今日の人は珍しく対応してくれたじゃん。良かったね」
 半分茶化すような気持ちでチャットを送ると、
「失礼な、人気が出てからはメール受け取ってくれる人も多くなりましたもん」
 と真面目に返された。確かに、誰のおかげかはともかくこのNPC二人に関しては開発がとても優遇している。ロード画面のCGは全28種中、郵便屋さんが2種、占い屋さんが3種、二人のサブイベントの様子を描いたCGが7種類とたった二人のNPCの扱いにしてはとても多い。期間限定のユーザー投稿イラストの掲載数も上げたら現在のバリエーションよりはるかに多くなる。
 そうこうと思考を巡らせている内に、郵便屋さんは先ほどの面倒な物理現象から再び店に辿り着いた。
「戻ってすぐでごめんなさい、私お休みするね~……」
 と表情豊かなこのNPCはいくつものエモーションを組み合わせて別れを惜しんでいた。
「ええお休みなさい。御苦労様」
 そうして、私に絡みかかるNPCは他に居ないので静かな時間が始まるのだった。

作品名:K4 作家名:レオナ