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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ

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(第六章)ブルーラグーンの戸惑い(5)-きらびやかな蝶②



 その日の仕事を終えた美紗は、早めに事務所を出た。日垣貴仁を「お気に入り」だと公言する大須賀恵から、第8部主体の「女子会」に来ないかと声をかけてもらっていたが、用事があるなどと適当な嘘を言って、断っていた。

 細かい雨が降る中、美紗は通いなれた道を独り、とぼとぼと歩いた。

 金曜日の夜なのに、日垣貴仁がいない
 
 週末の夜を一人で過ごすのは、特に珍しいことではなかった。第1部長のスケジュールは、しばしば、仕事のみならず、酒好きな同期達との会合で埋められる。そんな時、美紗はたびたび、一人で馴染みのバーに足を運んだ。
 シックな店の雰囲気にはあまり似つかわしくない童顔の客を、マスターはいつも快く迎えてくれた。カウンターの隅の席で、マスターはじめ数人のバーテンダーが美しいカクテルを作るのを眺めたり、大海に小さな宝石を散りばめたような夜景を見ながらぼんやりと彼を想ったりする時間は、それなりに心地が良かった。

 しかし、今夜ばかりは、彼を想えば、彼に付き添う女の姿を思い出さずには、いられない。

 梅雨冷えの夜が、七月とは思えない寒々しさで美紗を覆う。気を張っていないと立ち止まりそうなほど、惨めだった。こんな気持ちになるのは、おそらく四年ぶりだった。

 初めてそれを味わったのは、大学の二年次が終わった春休みだった。前年の秋に父親が失職し、悩んだ末に、在席する大学に給付型奨学金を申請した。しかし、審査に落ちれば、退学以外の選択肢はない。勉強一筋にやってきた訳ではないが、それでも、これまで積み上げてきた努力や温めてきた夢があっけなく霧散するのかと思うと、無自覚のうちに、心が荒み、隙ができた。
 少し仲が良かった程度の男子学生から強引に誘われ、それを拒否する強さがなかった。諦念にも似た感情に支配されながらの初めての体験は、終われば悔恨の感覚となって心に刻みつけられた。