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朧さんと奈落の新キャラシリーズ

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偽りの笑顔


 奈落を裏切ったと思われた銀髪の餓鬼は、裏切りを帳消しして奈落に戻ってきた。
 大人達に混ざる小さなその姿を見た俺は、にやりと笑った。これはいい玩具になりそうだ。そう思って餓鬼に近づいて、餓鬼に笑いかける。

「俺は柩だ。困ったことがあれば何でも俺に言ってくれ。すぐに力になる」

 気さくな男を演じる俺に、餓鬼はホッとしたような顔をして、「……はい」と頷く。

「俺は子供が好きだから、お前みてぇな餓鬼と会えて嬉しいぜ」

 嘘だった。俺は子供は大嫌いだ。何も知らない無垢な目は俺を苛立たせたし、泣けば助けてもらえると思っている甘えた餓鬼は特に気に入らなかった。

「そうなんですね。……良かったです」
 
 餓鬼は俺の言葉を疑う様子も見せず、安心したように笑う。
 馬鹿な奴だ。そう思いながら、餓鬼の頭に手を伸ばした。
 大嫌いな子供に触るなど虫酸が走ったが、気さくな男を演じながら餓鬼の頭を撫ぜてやると、餓鬼は照れたように目を伏せた。

「……これからよろしくお願いします、柩さん」

「嗚呼、よろしくな」

 餓鬼に笑いかけると、餓鬼は俺に笑い返した。
 餓鬼の笑顔を見ながら、この顔が歪むところを想像して、心の中でくく、と笑った。


 銀髪の餓鬼と同じ時を過ごすうちに、餓鬼は俺に懐いたらしく、よく俺の傍にいるようになった。俺はそんな餓鬼に優しくして、餓鬼を甘やかした。餓鬼はすっかり俺に心を許している様子だった。
 俺の嘘を見抜けない馬鹿な子供を見ながら、これだから人を騙すことはやめられねぇんだ、とくく、と笑うと、餓鬼は怪訝そうに俺を見た。

「……柩兄上?」

 何時からか餓鬼が呼ぶようになった呼び名に、俺は少し眉を寄せて、直ぐに笑みを作り、「何でもねぇ」と返すと、餓鬼はホッとするように息をついた。
 余りに愉快で此奴に本性を知られるところだった、あぶねぇ。
 俺は餓鬼の頭に手を置いて、わしゃわしゃと撫ぜる。
 俺が頭を撫ぜると餓鬼は決まって照れたように目を伏せた。餓鬼のその顔だけは何故か笑う気になれなくて、俺は餓鬼から視線を逸らした。


 餓鬼の絶対の信頼を得た俺は、そろそろか。とにやりと笑った。
 信じている男に騙されていたと知ったらあの餓鬼はどんな顔をするだろうか。
 信じている男に裏切られたら、あの餓鬼は――。
 想像して愉悦を覚えて笑みを深め、笑みを消して餓鬼の部屋に向かい、扉を叩く。

「おい、小僧。ちょっといいか?」

 部屋の中から「柩兄上?」と声がして、扉が開かれて銀髪の餓鬼が姿を現した。

「お前と行きてぇ場所があるんだ」

 餓鬼は不思議そうな顔をしたが、「分かりました」と返す。
 俺は餓鬼を連れながらある場所に向かった。
 その場所は、今は寂れた廃墟だった。

「此処は?」

 不思議そうに問い掛ける餓鬼に、俺は笑みを消して、新たな笑みを浮かべて答えた。

「此処は、裏切り者を粛清する場所だ」

「……!」

 餓鬼が目を見張る。

「裏切り者……?」

「そうだ。お前を粛清する場所でもあるな」

 餓鬼は顔を強張らせて俺から距離を取る。

「お前は裏切りを帳消ししたようだが、俺の目は誤魔化されねぇよ。お前が俺の仲間を殺したことは分かっているんだ」

 ありとあらゆる手段を使って得た情報を告げると、餓鬼の顔が歪んだ。
 嗚呼、その顔だ。
 俺はくくく、と笑い声を上げながら、餓鬼に持っていた刀を突き付ける。

「……どう、して……」

「どうしてだぁ?ただお前を粛清するだけじゃつまらねぇからに決まってんだろ」

 餓鬼は絶望に染まった顔で俺を見る。
 そうだ、その顔が見たかったんだ。

「馬鹿みてぇに騙されているお前の姿を見るのは楽しかったぜ」

 嗚呼、俺はいい玩具を見付けたもんだ。
 だが、それも手放す時が来たようだな。

「お前は簡単には死なねぇみてぇだが……安心しろ、確実に死なせてやるよ」

 餓鬼の首に狙いを定め、刀を握る手に力を込め――餓鬼に刀を降り下ろす。
 瞬間、餓鬼が何かを呟いて――刀は餓鬼の首に触れるギリギリのところで止まった。

「……!」

 目を見開く俺に、餓鬼は驚いたような顔をして、掠れた声で呟いた。

「柩、兄上」

「…………やめ、ろ」

 餓鬼にしか呼ばれない呼び名で呼ばれ――餓鬼の照れたように笑う顔が脳裏に蘇り、顔を歪めると、餓鬼の目に透明の雫が溜まった。
 その雫は大きくなり、餓鬼の頬を流れ落ちる。

「…………」

 刀がカタカタと震え出す。
 餓鬼の涙は次々と溢れだして、ポタポタと溢れ落ちる。

「……何でだ」

 何故俺は、餓鬼を殺すことができねぇんだ。
 刀を強く握り締めると、餓鬼が涙混じりに俺を呼んだ。

「……柩、兄上」

 その声に、餓鬼と過ごした様々な情景が脳裏に蘇り、俺は刀を下ろすと餓鬼に背を向けた。

「……その呼び方で呼ぶんじゃねぇ。俺はお前の兄なんかじゃねぇよ」

 自嘲して笑い、歩き出す。

「柩兄上!待ってください!」

「っ、その呼び方で呼ぶんじゃねぇって言ってるだろ!!」

 声を張り上げると、餓鬼はそれ以上は何も言わず、押し黙った。
 廃墟の中を歩きながら、俺は笑おうとして、失敗した。

(……何をやってるんだろうな、俺は)

 餓鬼を――裏切り者を粛清し損ねるなど、俺らしくもない。

(情でも移ったか?)

 餓鬼と過ごした時間は、偽りのものだというのに。
 考えても、餓鬼を殺し損ねた理由は分からなかった。
 目を閉じると餓鬼の泣き顔が浮かんで、俺は拳を握り締める。
 餓鬼を――玩具を手放すことが出来なかった俺の胸中は、苦いものだった。