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道化師 Part 1

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5


二人が帰った後、俺は加納の傍らに座り込み眠ることができなかった。時折うなされ悲鳴のような声を上げ暴れる体を抱きしめた。外が明るみ始めるころには、夜に来てくれた鷺沼さんが追加で点滴を施してくれた抗生物質の点滴が効いてきたのか、少し穏やかな顔になり、ほっとした。
熱も下がり始めてるから、君も少し休まないといけないよと、鷺沼さんの優しい言葉に癒され俺は、点滴が終わるのを見届け、加納の側で少しだけ眠ることができた。
加納の呼吸も穏やかで額に手をやると熱も下がったようだが、まだ目を離すことが不安で学校を休んで傍にいることにし、今日は目覚めるかもしれないと思い、何も食べてない加納のために何か優しいスープでも作ってやろうと冷蔵庫を覗くが、食材の乏しさに舌打ちをする。
加納の穏やかな寝顔に、少しなら家を空けても大丈夫かと自転車ですっ飛ばして買い物を済ませ、部屋に入るなり荷物をテーブルに放り投げるように置き、加納の様子を見にそっと寝室のドアを開ける。
眠っていたはずの加納がベットに座りぼんやりと窓の外を眺めていた。
「加納、大丈夫か?苦しくないか?」
俺は、ベットに腰掛け加納に話しかけた。でも、俺の声が聞こえていないようにぼんやりと窓を見ている。外の景色ではなく、窓を見ているって感じで辛くなり、汗で少ししっとりとした髪に優しく触れ額にかかった髪を後ろに撫で上げた。
何度もやさしく髪を撫で上げていると、やっと気が付いたように俺に視線を向けたその瞳は、何も映していないように静かな闇色だった。
抜け殻のような加納を抱きしめ涙を流していた。
どのくらい抱きしめていただろう。微かに耳に加納の呼ぶ声が聞こえた。
「ヒロ、ありがとう。好き。」と。
その言葉が凄く嬉しく感じ俺は、加納が好きなのか?自分の気持ちがわからない、だが嫌いではない、興味がない訳でもない。少しは好きなのかと思う。
頭の中では答えは出ていないのに、心は正直で躊躇いもなく「俺も、好きだよ」と言っていた。
そんな俺の声が聞こえたのか加納の頬を一滴の涙が静かに伝っていく。
俺の傍では加納には笑顔でいてほしくて、頬を流れる涙を指で拭い、瞼にやさしく口づけ、明るい声で笑いかける。
「腹減ってないか?」
僅かだが感情のある表情になった加納は俺の言葉に少し逡巡し口を開いた。
「今はあまり減ってないけど、何か飲みたい」
「うん、待ってろ」
そっと加納の額にキスをしベットを離れた。
ドアを閉め、加納の涙の残る瞼や上目遣いの表情が可愛く思わずキスをしてしまった自分の行動に顔が火照る。
部屋に戻ると加納はまた窓ガラスを見ていた。
スポドリを目の前に差し出すとありがとうとうっすらと笑みを見せた。
子供をあやすように髪に触れると、俺を見上げ優しいねと呟いた。
どこか天然のような明るさの加納が今は嘘のように儚げで、抱きしめたくなる。
どちらが本当の彼なのか・・・・。
手に持ったままのペットボトル、
「もう飲まないのか?」
「うん、ありがとう。少し楽になった。迷惑かけてごめんね。動けそうだから家に帰るよ。
ほんとにありがとう。」
まだ、ぼんやりとした感を残してはいたが、視線ははっきりと俺を見ていた。
「まだ駄目だ。ここでゆっくり寝てろ。夕方には医者が来るから、お前がいなかったら俺が大目玉を食うだろ。俺の為にもここにいてくれ」
加納は俺の軽い言葉に少し微笑み
「あと一日だけ」
俺は加納がもうこんな目に合わなくなるまでここに閉じ込めたい、そんな自分勝手なことを考えていた。
翌日、学校に行く時間になっても俺が側を離れないのを気にして
「ヒロ、もうそろそろ出ないと遅刻するよ」
ベットを背にテーブルを持ってきて参考書を開いていた俺は、少し振り返り
「大丈夫、俺、今日は風邪だから」
と、当然だというように答えた。
「風邪って、ヒロ仮病使ったの?学校に連絡いつしたんだよ。」
「俺?電話してないよ、でも、医者に頼んだ」
加納は悪びれた風もなく言う俺に目を丸くする。
「医者って?」
「加納を診てもらった医者、昨日帰り際に頼んだ。学校行っても集中できないから行かないって言ったら、家で勉強するなら学校に連絡しておくって言ってくれたから、この通り勉強してる。気にしなくていい。俺がここにいたいと思ったんだから」
戸惑いを見せる加納に気を使わせたくなくて話題を変える。
「なぁ、加納、下の名前なんて言うんだ?」
「えっ」
「だから、お前は俺の事ヒロって呼ぶだろ、なのに俺だけ加納って変じゃないか、なぁ教えろよ」
「美幸…..」
頼りなげな不安を混ぜた声が小さく掠れる。
「ヨシユキ、どんな字を書くんだ」
「美しいに幸せ」
「なんだ、ミユキか・・・その方がお前っぽいな、俺はミユキって呼ぶ」
「うん」
「名前のように幸せになろうな」
そう言って参考書に目を向けるが、背中にかすかにミユキの抑えた声が聞こえる。
泣いていることを必死で抑えた悲しく切ない啜り泣き。
そんな部屋にピンポーンと来客を告げる音が嫌な空気を運んでくる。
『誰だ、木島なら鍵を持っているから勝手に入ってくるはず。それに、直接ここまで来ているのか?マンション1階からの呼び出し音と違う・・・』
俺は、加納に寝ているように告げ、玄関に向かった。
ドアスコープを覗くと一人の男が見えた。あの男・・・ドアを開けると男は
「草薙弘樹君、初めましてなのかな、ちゃんと会うのは」
「そうですね。いつから俺の事を」
「随分と前から知ってるよ」
穏やかな話し方をするがその眼は凍りつきそうなほど冷たい。
「ヨシユキがお邪魔しているようだが、連れてきてもらえるかな」
「まだ、熱が下がらない。今は無理だ、帰ってくれ」
「なるほど、熱があるなら尚更連れて帰るよ。迷惑をかけたね」
「無理だ。今日は帰ってくれ。医者にも見せてるし、迷惑だとも思っていない」
「あぁ、あの医者ね。でも、ヨシユキを小さいころから見てる医者がいるんでね。私にヨシユキを返してもらえるかな。あの子は私のものなんだよ、君にはあの子を満足させられないよ。諦めなさい」
「あいつは物じゃない。人間だ。何故あんなことができるんだ。ふざけるな」
ドアは閉まっているが玄関先で大声を出していた。こんなに腹が立ったことはない。
「ヨシユキ、いい子だ。こちらに来なさい」
いつのまにか俺の後ろにミユキが立っていた。
「はい」
俺の横を通り過ぎる時、かすかな声で「ごめん、ありがとう」と微笑んだ。
「もう一日、いるって言っただろう」
振り返り首を横に振り、男に肩を抱かれ出て行った。男は満足そうに俺を見て笑みを浮かべた。
この悲しい怒りをどうすればいいのか解らず、玄関に立ち尽くすしかできない。
俺では何も出来ないのか。非力な自分に腹がたつし、悲しく辛い。
壁に凭れ座り込み、ただぼんやりと壁を眺めていた。

ガチャガチャと鍵の音がしているのを、鍵を閉めてなかったなと他人事のように思う。不思議そうにドアを開け入ってきた木島が、玄関に座り込んでる俺に驚き顔をしかめる。
作品名:道化師 Part 1 作家名:友紀