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道化師 Part 1

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3


俺は、学園と家とバイト先を行き来する以外は、無気力に過ごしていた。一海への思いを知られたくない俺は、龍也からの誘いを用事があると、断る日が増えてきて、昼も三人が一緒に食べる事もなくなってきていた。
 そんなある昼休み、俺は、弁当を持って屋上に来ていた。陽射しが強くなり、日陰の少ない屋上には誰も来ない。だから、静かでいい。
 だが、今日は先客、加納が給水塔の影で寝ていた。風が少し伸びた髪を躍らせている。遠目には気持ち良さそうに寝ているように見えたのに、側によると彼の頬には涙の後、瞼にはまだ雫が残っていた。
 静かに横に座り込み、俺は弁当を食べることにした。何故かは自分でも解らない、ただなんとなくそうしたいと思った。
 加納が眼を覚ました時、一人にしたくなかった。いつ目覚めるかなんて知るもんか、それでもそれしか思いつかなかった。
 弁当を食べ終えても加納は目覚めそうにない。
 風が気持ちよく昼寝には丁度良い。6時限目は確か体育だったな。体を動かしたくないな~と、俺も加納の隣に横になった。青い空と白い雲、心地よい風、睡魔が訪れるには時間はかからなかった。
 遠くで野球部の掛け声が風に乗って聞こえてくる。覚醒前のぼんやりした頭で、放課後まで寝てしまったか~、と重い瞼を開けた途端、俺の視界には瞼を閉じて近づく加納の顔が写った。そして、俺の唇にそっと触れる唇の感触を残し離れていった。慌てて目を閉じ、気づかない振りをする俺の胸に重みを感じ、わずかに体を起こしてみた。その重みは加納の頭だった。
俺の胸に頬を預け、
「起きてたんだろ?何故逃げなかった?嫌じゃないのか?男に寝込みにキスされて」
加納は顔の位置を変え、俺に視線を合わせ尋ねてくる。
「たいした事じゃない、感情が伴わないキスなど、今更だ」
「じゃ~、もっとしてもいいって事?」
俺は、加納の視線から逃れ、空を見ながら
「好きにすればいい。但し、ここでは遠慮したい」
俺の返事を聞き、加納は体を起こし笑い始めた。
「おかしいことを言うね、弘樹は」
「場所変えたら、僕を抱いてもいいってこと?」
「……..」
返事のしない俺に加納は、
「どっちなの?」と聞いてくる。
俺は、腕を頭の上に伸ばし、勢いをつけて上体を起こしながら、隣に座る加納に
「俺は、抱いた事は一度もないが、それでもいいならお前次第だな」
「ふーん、いいよ!弘樹、僕の好みだしね。抱いた事はなくても抱かれた事はあるってことでしょ?」
「ああ」
「じゃぁ問題なし!やり方解るってことだもん。今日、帰りに弘樹家行っていい?」
「バイトに行くまでなら、好きにすればいい」
「OK!今度は約束のキス弘樹からしてよ」
俺は、何の躊躇いもなく、加納に触れるだけのキスをした。
「部屋では、もっと激しいキスを期待してるね」
加納は、それだけ言い残すと、立ち上がり屋上を後にした。
 完全に覚め切らない眠気がそうさせるのか、加納が出て行った扉をぼんやりと眺める。軽い言葉で俺を誘う加納の揺れる瞳が俺を捉えて離さない。そんな思いを大きく伸びをする事で排除して屋上の扉を抜け、教室に向かった。教室には何人かのクラスメートが雑談に花を咲かせていたが、その中には加納の姿はなかった。自転車置き場かな?と思い鞄を抱え、向かったがそこにも加納の姿はなかった。仕方なく一人自転車を走らせながら、またあの瞳を思い出していた。

マンションのエレベーターの壁に背を預け、ため息をこぼしながら、思考をバイトに行くために切り替えるべく家に帰ってからのことを思い浮かべていた。
 だが、エレベーターを降り、家の玄関の前に佇む加納の姿に俺の思考は否応なくさかのぼる事になった。
 人の近づく気配に顔を上げた加納は、
「遅いよ、僕の行った事信じてなかったの?」
「いや」
軽く返事を返し、玄関を開け加納を先に通した。
「上がっていい?」
「あぁ」
「弘樹ってたくさんの言葉をしゃべるのって、損だと思ってる?」
 変なことを言い出す加納に俺は、眉間に皺を寄せ見つめてしまった。
「違うのかーあんまりしゃべんないからそうなのかな~って思っただけ。深い意味ないからそんな年寄りみたいに皺作らないの」
にこやかに笑いながら、部屋に入っていく加納。そんな加納を見ていると加納が何をしに来てるのかを忘れそうになる。
俺は、鞄をソファーに投げ、キッチンで自分のコップにお茶を入れながら加納に話しかける。
「何か飲むか?」
「ううん、今はいいよ。ありがとう。どうする、すぐベットに行く?」
首を少し傾げながら聞く加納に、忘れようとしていた事を思い出す。
「ほんとにするのか?」
俺は、あまりにも明るく言ってくる加納に戸惑いを感じ、確認をしてしまう。
「うん、そのつもりだけど・・・弘樹は僕じゃ相手に出来ない?」
「いや、そんなことはないと思うが・・・わからない」
「じゃ~お試しみたいでいいじゃん。行こう」
俺の手からコップを奪い、テーブルに置いて寝室へと俺を促す。
「約束だったよな、触れるだけでは不服だったな」
ベットの前まで来て振り向くと、俺のすぐ後ろにいた加納を抱き寄せ、見上げる加納の唇を軽く啄ばみ、下唇を挟むようにすれば吐息をつくように薄く開いた唇に舌を滑り込ませ、舌を絡めとる。
 肩を弾ませ、俺の胸に顔をうずめる加納の後ろ髪に絡ませた指を引けば、さっきまでの強気の態度が嘘のように泣きそうな瞳があった。
「どうした?やめるか?」
「……..」
「俺とこのまま先に進んで、お前は楽になれるのか?」
「何言ってるんだよ!。僕が誘ってるんだよ。僕じゃ出来ないってんなら仕方ないけどね」
俺を見上げる加納の頬を流れていくものが、無理に笑って話す言葉より心を映し出していた。
「そうだな!何かを忘れるために抱き合うのもいいのかもな」
加納の腕を引いた勢いのままベットに倒れこみ組み敷く。
制服のボタンを外し、肌に指を滑らせれば加納は唇を噛み締めきつく瞼を閉じている。
「悪いな、これ以上は無理みたいだ。今日はこのまま少し休もう」
俺は、身体を横にずらし腕に加納を抱きこむ。
腕の中で、声を殺し肩を震わせ泣く姿を愛しいと思う。俺達は似たもの同士なのかもしれない。惹かれていく自分を止められないでいる事に溜息をこぼしながらも口元は綻んでいく。
 震えがいつの間にか寝息に変わるまで俺は、バイトまでの短い時間を穏やかな気持ちで加納のぬくもりを感じていた。
バイトに行かずにこのまま・・・等と思うことがこようとは思っていなかった俺は、それでも後ろ髪をひかれる思いを振り切り、腕の中の加納をそっとシーツに横たえた。
支度を済ませ、寝室を覗けば加納はまだ眠っていた。仕方がないかとルームランプをつけ、キッチンのテーブルにラップをかけたオムライスとスープ、その下にメモを挟みバイトに向かう。

週末は時間延長でバイトに入るため、今日は、空が闇から光への準備が始まる頃、俺はバイト先から家への道を走っていた。
作品名:道化師 Part 1 作家名:友紀