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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅴ

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第五章:二杯のシンガポール・スリング(7)-隠れ家で



 衝立に囲まれた「いつもの席」で、久しぶりの夜景を、美紗は無言で眺めていた。日垣を見ないように視線をそらしていた、というほうが正確かもしれない。
 家族の話は、したくなかった。実の親を嫌う自分の姿は、きっと、ひどく醜いだろう。敬愛する上官にそんな姿を晒さなければならないのが、たとえようもなく惨めだった。

「鈴置さん」
 日垣の静かな声に、美紗は身体を固くした。しばらく間を置いて、彼はゆっくりと話しだした。
「……片桐1尉、最近急に勉強熱心になったようだけど、一念発起するきっかけでもあったのかな。何か聞いてる?」
「か、たぎり、1尉、ですか?」
 予想外の問いに、美紗はぎこちなく答えながら、日垣の顔色を窺った。彼は、「いつもの席」に座った時にだけ見せる和やかな表情で、年明けに指揮幕僚課程の選抜試験を初めて受ける1等空尉の話を始めた。

 地方部隊でのんびりと勤務していた片桐は、統合情報局に転属してきた時には、出世欲もなく、上級指揮官を目指す際に必須となる指揮幕僚課程にも全く興味を示さなかった。それを第1部長の日垣が説得し、なかなかやる気の出ない若い後輩を一年かがりで直々に指導してきた。

「物事の理解は早いほうだと思うんだが、彼は論文が全くダメでね。何度言っても支離滅裂な内容を書いて、それをしれっと出してくるんだ」
 選抜試験の受験指導にこんなに苦労したのは初めてだ、と日垣は笑い、それから急に目をいたずらっぽく細めた。
「それが最近、見違えるように整ったものを持ってくるようになった。私よりよっぽど教えるのがうまい人間が近くにいるのか……。それとも、まさか、君の代筆?」
 突拍子もない冗談を、美紗は目を丸くして否定した。
「課題文を見てほしいと言われて、結論を導きやすい構成に直したほうがいいというような話をしたことはあります。でも、私が書いたなんてことはありません。それに、片桐1尉は、試験のことは、ほとんど富澤3佐に相談していますから」
「へえ。彼も身近な先輩の意見を素直に乞うようになったのか。富澤とは反発し合うことが多いかと思ってたけど、どういう心境の変化だろうね」