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Quantum

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3. Access



 ―――教皇は何を求めているのだろう。

 上質なシルクのように吹き流れる風を心地良く受けながら、シャカはぼんやりと時折雲に隠される上弦の月を眺めていた。夜を切り取ったような濃紺色の衣装や頭髪を覆い隠すヴェールは周囲の闇に溶け込み、彩りを添える金色の刺繍と呪詛満載の宝飾は微かな月光を受けて煌めく。
 仄かな熱を発散させるように切り立った崖の端でシャカは座り込むと左足だけを立てて、身体に密着させた。自由な右足はそのままぶらりと崖下に向けて下ろした。
 シャカは今日の出来事も含めて、シオンの中ではすでに次期教皇へと推す者を定めていると感じた。恐らくシャカが思う人物に相違ないのではなかろうとも思う。だが、「何か」を求めているのだ。その「何か」がわからないでいた。

「ふぅ……」

 サワッと通り過ぎる風。
 指先まできっちりと覆う手袋を通して掌に小さな小宇宙をためて解放すると、風に乗って小さな光が蛍火のように自由に舞う。教皇から身に着けるように云われた呪詛、もとい秘術の掛かった装具によって変容した小宇宙にシャカは少々の驚きと愉快さを覚えながら、ぼんやりと薄く眼差しを開き、いつもの自分ではない小宇宙のカタチを眺めた。
 きっと、教皇は近いうちに試練とやらを与えるつもりのはずだろう。どのように執り行うかはまだ聞かされていないが、それなりの目には合いそうな気がするとシャカは覚悟するが自然と毀れる吐息。立てた足の膝頭に頬をつけてぼんやりと意識をぼかすと一人の人物の姿が思い浮かんだ。

「………」

 とくん、と鼓動が一つ跳ねる。
 夜空を照らす月の様に危うい存在のようにも思えて、何故だかキュッと胸が締め付けられるような思いを起こさせるのは昼間、厳しい一瞥をくれた男、サガだ。いまだシオンとサガの間には深い溝があるのだろうか。だとしたら、二人は……。
 浮遊する光の粒子を再び掌に戻したその時だった。

「―――ここで何をしておいでか」
「!?」

 不意に後ろのほうからかけられた声に驚いた。
 ―――どくん。
 大きく跳ねあがる鼓動。戸惑いを隠すように咄嗟に小宇宙を高めた。立ち上がり、背向けたまま念のためと真深くヴェールを被り直す。

「……これ以上は近づくなということか。フッ」

 はっきりと聞き取れる声の距離で相手は踏み止まった。

「少々、話をしたかっただけなのだが……それとも、私のような者とは口を聞くことさえも許されていないのか?」

 険のある物の言い方にシャカは唇を噛み締めた。口を聞くことが許されていなわけではない。次期教皇選出に関わる事柄でなければ構わないはずと様々な理由(いいわけ)を思い浮かべながら、慎重に口を開きかけたが、独特の声質に正体が見破られでもしたら問題だろうと変質可能な念話での対話をシャカは試みた。

『そのような規制などない』

 わずかに眉根を寄せたサガは「ほう、念話か」とポツリと呟くと、ゆるく口角を押し上げた。

『誰も私に強いることなどできない』
「それは重畳―――」
『―――っ!?』

 ふうわりと撫でた風に乗って夜の芳香が鼻腔を掠めた。と同時にシャカの背に向けて放たれた攻撃を寸でのところでかわす。小石がカラカラと音を立てて、闇に吸い込まれるように堕ちていくのを耳にしながら。
 人気のない場所をと思い、シャカが選んだ場所は聖域を遠く見渡すことのできる断崖絶壁。小高い場所にあったそこは聖域からも外れており、まさかこんな時間にこのようなところまでサガが来るなどとは思わなかった。まして攻撃を受けるなどとはシャカには思いも寄らぬことである。
 サガの行動から考えるに虎視眈々とこの瞬間を狙っていたのではないかと思わざるをえなかった。

『随分と乱暴な』
「謎めく君との月下での出会いを祝して。教皇を誑かすほどの方だ。どれほどの力量を持つのか興味があったので……ね」
『誑かす、か。誤解を招くような言い方は少々気に障る……が、試したいのならば挑んでくるがいい』

 背を向けていたシャカは息を一つ吐くと、ゆうるりと吹く生温い風と共に振り返った。ヴェールが風に揺れた。久しく会うことのなかったサガ。随分な挨拶だと憤慨する。他の黄金聖闘士たちともこんな風に乱暴な遣り取りとせねばならないのだろうかと今後のことも思い溜息が漏れる。サガからみれば正体不明の不審者でしかないシャカに対して、当然の態度といえばそうなのだが、冷たく言い放たれる刺々しい言葉になぜだかもやもやとした不快な感情が沸いた。そして、そう思う自分がシャカには許せなかった。
 予定とは少々違うが、どのみち教皇とはそういう約束であったし、予定よりも早く試練となっただけなのだと思い、シャカはふうわりと小宇宙を高め、臨戦態勢に入る。そんなシャカとは相反して、サガのほうは緩く笑んだままだ。

「本気で怒らせてしまったか……いや、失礼。確かに不躾だった。私は話がしたいだけ。どうか拳を収めてはいただけないだろうか」

 スッといきなり片膝を着き、頭を垂れて最大限の礼を尽くして見せるサガ。思惑は見えぬままではあったが、言葉通りサガは攻撃的小宇宙を潜めていた。打って変わったような態度はむしろ慇懃無礼とも見えなくもないが。

『一体、私と何を話したいというのか』

 仕方がないとシャカも内に小宇宙を収めて対峙した。サガが緩く笑む。ただそれだけなのに、シャカの心はざわついた。

「ありがたい。先程の非礼はお詫びしよう。許していただけるかな」

 サガに傅かれて謝罪などされて、さらにシャカは酷く落ち着かない気持ちになった。

『気になど……していない』

 腕を組み、ふいっと横向く。真正面にサガの顔を捕らえることができなかった。正体を隠したままでいることが、サガを騙しているようで良心の呵責に苛まれたともいえる。教皇として聖域の頂点にあったサガも、仮面を着けて相対した時、こんな風に感じたこともあったのだろうか。ふとそんな思いが過った。

『それで話とは?あまり時間がない』
「では単刀直入に。あなたの名は?そして、あなたは何者で、一体何を為すために教皇の傍に侍っておられるのか」
『……』

 至極真っ当な質問にシャカは返答に詰まる。次期教皇を選ぶため―――黄金聖闘士たちの力量を試すため―――と答えるわけにもいかないわけである。秘密裏に進めたいという教皇シオンの意に沿わなければならないのだ。そのため遠からず、近からずの答えをシャカは探り当てる。サガが納得しない確率は高そうではあったが。

『まずひとつ。告げる名は持たない。好きに呼べばいい―――そして私は君たちの正義を試す者とでも言っておこうか。私の正体が何者であろうと、君たちには関係のないことだろう』
「ほう……正義を試す、か。ならば、試しの君とでも呼ばせていただこう。しかし、なぜ教皇を誑かす必要がある?」

 だから一体どうして教皇を誑かしているように捉えられるのか―――と思わず声を大に聞き返しそうになったが、シャカはぐっと堪えてただ怪訝に首を傾げた。

『それは心外だ。そのようなつもりは毛頭なかったが』
「違う、と?」
作品名:Quantum 作家名:千珠