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Quantum

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7. Meantime


幕間−其の壱−

1.

 自ら堕ちた奈落の底は鉄錆に覆われた冷たい牢獄のようなもの。
 垂らされた糸はほんの少し上向けば、すぐそこにあったというのに気付かずにいた。じっと昏い足元を見つめ続ける日々。憐れみに差し伸べられた手によって掬い上げられることがなければ、きっと『今』という時も得られることなどなかっただろう。

 掬い上げられた手によって下ろされた先を覚束ない足取りで拙い歩き、辿りついたのが『今』の時だというのならば、少々の居心地の悪さは別としても割合に穏やかであったのではないだろうか。なんだかんだと生を全うし、奇跡的な蘇りを果たした。あの時から彼此三年の月日が流れ、ようやくそんな風にサガは思えるようになった。
 
 さわさわと生い茂る濃い緑草の青い匂い。さらりとした乾いた風が撫でていくさまの眩しさに目を細める。まるで静かな海の細波のような草原の中で、鮮やかなコントラストをなす黄金聖衣を纏い、この緑の世界で立っていることがとても異質なもののように思いながら。
 ハタハタと白いマントと共に無精に伸びた長い髪が僅かにでも草原の緑に馴染もうとするかのように風に吹かれ波打つにサガは任せていた。

「そろそろのはずだが……」

 仲間が到着する頃合いだが、どうにも気が締まらないままぼんやりと草原を眺め、漂うように思考の海に浮遊する。
気付けば三十路超えである。早いものだ。過去を振り返れば幼稚で愚鈍な正義感に溺れた黒歴史。若気の至りというのには痛すぎる。

「ふぅ」

 自然に漏れ出る溜息も幾つ零したことか。それほど危機迫った状況ではないけれども、あまりに気を抜きすぎているのはよろしくないなと自嘲していた時だった。

「―――?」

 ちょっとした違和感。透明な鈴の音がひとつ響いたような、そっと風が撫で透るような――とでも云えばよいのか。その発生源を辿れば、今は遠く離れた場所にある聖域だとわかり、違和感の正体を推測する。

「誰かが結界に触れたのか……」

 害を為す者ではなく、聖域に縁ある者で聖闘士。サガ自身が張っていた結界は限定された場所であり、そこに触れて侵入するとなれば黄金聖闘士のうちの一人であろう。無理やり押し透るでもなく、破壊するでもなく、するりと通り過ぎる見事な手腕ともなれば、おのずと相手は限定される。

「―――シャカ、か。珍しいな」

 聖域のツチノコ……もとい、シャカ。
 黄金聖闘士としての務めを果たさず、勝手気ままにインド暮らしと誹る者も中にはいるが、そこまでは思わずとも滅多と聖域に姿を見せないことで有名なのは確かに褒められたものではないとサガは思う。

 最近あった聖域侵入事件でも聖域にいる者たちが侵入者を防ぎ、事無きを得たけれども、結局シャカはインドに引き篭もったままでいた。それなのに今頃になって重い腰を上げたのはなぜか。何かしらシオン教皇からの呼び出しがあったということなのだろう。どちらにせよ、ざわつく胸の奥。

「厄介者(わたし)がおらぬ間に策を弄するか……」

 『信』など互いに有り得ない関係。壊したのはシオン教皇が先か、おのれが先か。フッと仄暗い微笑を浮かべるサガ。

 ―――去りたくば、いつでも去るがいい。
 いたければ、いるがいい。
 おまえが望むままに。

 蘇りに際して戸惑うサガに告げられたシオン教皇の言葉。不思議と冷たさは感じなかった。怒りも何も。ただ、淡々と感情なく告げられたそれに対してサガはどう応えるべきか、思い悩むこともなかった。ただ冷静に今は去る時ではないと判断し、結果、現在に至るだけである。

 シオン教皇にとって、もはや必要でも不要でもない存在なのかもしれない。次代を担う若者たちの成長を果たすあと僅かな期間、聖域を守護することが可能であればよいのだろう。

 責を果たせば晴れてお役御免―――互いの利害が一致しているに過ぎない、腹を探り合う存在。油断ならぬ相手とそういう意味では笑えるほど相思相愛ではないだろうか。そんな風に思えるようになったのは過去を過去として捉えるようになれたからなのだろうとサガは思っていると、周囲の空間が揺れた。待ち人来りて、である。

「―――悪い、待たせた!」
「ああ……来たか、ようやく」

 思考遊泳もここまで。男臭い笑みを浮かべ、燦々と降る陽光のような華を持ち、万人を惹きつけてやまない、人タラシのご登場にサガも負けじと緩い笑みを返す。

 時の流れなどものともせず、『見た目だけは』すっかりサガと変わりなく、落ち着きを醸し出している男はサジタリウスのアイオロス。聖域の英雄。

「それじゃあ、行こうか」

 無駄に過ぎた時間を取り戻そうと一歩前に進んだところをガッとアイオロスが腕を伸ばしサガの肩を抱く。
今、必要か?その過剰接触は……思わずサガの眉間に皺が寄る。

「サガ、サッサと片付けようぜ。それで帰ったら、夜遊びに付き合えよ。今回も粒揃いだ。お前の名を出したら蕩けそうな顔してたぞ?ちゃんと最後まで付き合ってもらうからな!」

 「な?」と気安く肩を抱くアイオロスに苦笑しか浮かばない。『絶倫座』などと恥ずかしい別名で呼ばれているアイオロスは英雄色を好むとばかりにお盛んだ。自身が楽しむ分はいいとして、人の名を騙って夜遊びするのは止めてほしいとサガは思うが、アイオロスとの和解においての条件の一つでもあるので、あまり強く拒否ができない。



作品名:Quantum 作家名:千珠