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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅳ

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(第五章)二杯のシンガポール・スリング(2)-理想の先輩



 ハンカチを借りたのがきっかけで、美紗は、統合情報局でも最古参の事務官の一人である吉谷綾子と、親しくなった。鼻筋の通った美人顔の吉谷は、四十代前半とは思えないモデルのような体形でブランド物の服を優雅に着こなし、一見いかにも近寄りがたい雰囲気だった。しかし、話してみれば意外と人当たりも良く、陽気なトークで相手を和ませるのが得意な、優しい「非お局様」だった。

 米国との情報交換会議から十日ほど経ったある日、吉谷は「ランチご一緒しない?」と美紗を誘った。約1万人が働く防衛省の敷地内には、典型的な社員食堂タイプからイタリアレストラン風の店まで、食事をする場所は複数あったが、周辺の地理を熟知する吉谷は、美紗を敷地の外へと連れだした。
 吉谷が「御用達」の店のひとつだという寿司屋は、裏手にある門から歩いて五分ほどのところにある地下鉄の駅のすぐ近くにあった。
「ここ、夜は高くてとっても入れないけど、ランチは超お得なの」
と言って、吉谷は、おすすめだという「海鮮丼セット」をおごってくれた。
 
 純和風のこじんまりとした店内は、職場の内緒話をするには格好の場所だった。敷地の中の食堂と違い、周囲に顔見知りがいないかと心配する必要もない。
「美紗ちゃん、急に痩せちゃってない? まあ、元から痩せてるけど」
 細い眉を寄せる吉谷に、美紗は「そんなことないです」と答えてうつむいた。秋色のシックな服装に身を包み、首元を華奢なプラチナでさりげなく飾る相手は、目を合わせるのもためらわれるほど、洗練された風情だった。品のある姿からほのかにこぼれる香りは、決して食事の場を乱してはいない。すべてに気遣いが行き届くベテランに見据えられたら、考えることすべてを悟られてしまいそうだ。
 しかし、吉谷は何かを詮索する風でもなく、ランチセットについている冷たいムースをつつきながら、早口で喋り出した。
「直轄チームはどうも口の悪い人多いわね。特に先任とあの小僧。小僧は口が悪い上にうるさすぎ。あんなのに何か言われても、いちいち気にすることないからね」
 彼女の言う「小僧」とは、美紗の斜め前に座る1等空尉の片桐のことだった。直轄チームで二番目に若い彼は、仕事中でも口数が多い上に、時々不用心な発言をする。同じ「シマ」で働く美紗は、彼の言動が表裏のない素朴な性格から生じていることを承知していたが、吉谷には、それがひどく幼稚なものに見えているようだった。