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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅳ

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(第五章)二杯のシンガポール・スリング(3)-二度目の会合②



 美紗は、上官の問いに答える代わりに、店に来る間に抱いた疑問を口にした。
「お昼に吉谷さんと一緒だったこと、どうしてご存じなんですか? ずっと私を……」
「監視してたわけじゃない」
 身を固くする美紗とは対照的に、日垣は相好を崩して、少しくせのある髪をかき上げた。
「君が吉谷女史と一緒に裏門のほうから戻って来るのを、見かけただけだ。時間からして、外で一緒に食べてきたのかと……」
 拍子抜けする答えに、美紗は日垣の顔を見つめたまま固まった。自意識過剰だったかもしれない。不安感が急に気恥ずかしさに変わり、小柄な身体がますます縮こまる。しかしあと一つ、日垣に聞かなければならないことがあった。
「吉谷さんは、どういう人なんですか? 気を付けろって……」
「彼女は、情報のプロだ」
 日垣は、美紗のほうにやや顔を寄せ、声を落とした。仕事に関わる話になると、職場を離れても、切れ長の目がわずかに鋭くなる。
「吉谷女史は、民間企業にいた頃はずっと東欧地域に駐在していて、現地の日本大使館とも情報提供者の立場で関わっていたことがあるんだ」
「じゃあ、吉谷さんは、本当の……」
 諜報員、という言葉を、美紗は辛うじて飲み込んだ。今日は隣席に人がいる。遅い時間帯に急に店に来ることになったため、さすがに人払いできなかったのかもしれない。美紗の懸念を察した日垣は、ちらりとカウンターのほうを見やり、再び正面に向き直った。
「マスターが言うには、今、周りにいる客は『問題無し』なんだそうだ。何を以ってそう判断するかの基準は、彼に任せてるけどね」
 ずいぶんとバーのマスターを信頼しているらしい日垣は、
「それでも、大きな声は出さないでもらいたいな」
 と言って、低く笑った。アンティークな照明の灯りの下で目を細める彼は、楽しそうにさえ見えた。美紗は、十日ほど前のやり取りを思い出して、赤面した。極秘会議の一件が露見すれば引責辞任だろう、とすまし顔で話す上官に驚いて、無遠慮な声で諫めるような真似をしてしまった。あの時の自分は、きっと引きつった顔をしていたに違いない。

「吉谷女史は、君が心配しているような類の人間ではないよ」
 日垣は、気まずそうに下を向く美紗に構わず、話を続けた。