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父の死

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父が死んだ。
まだ現役世代で死ぬにはいささか早過ぎる年齢ではあるが、医者が宣告した余命の倍は生きたのだから褒めてやってもいいかもしれない。

生き急ぐタイプでもなく、生にこだわった人間でもなく、子供の僕が連れて来た友達に必要以上に愛想を振る舞うでも、近所の集まりに積極的に参加するわけでもない。毎日朝早く仕事に出かけ、夜は普通に帰宅する。たまにある仕事の付き合いの飲み会は楽しんでいるようだがハマり過ぎる訳ではない。無口で、これと言って尖った所の無い、俗に言う「普通の人」だった。

いや、むしろ普通よりも「気力の無い」部類だったかもしれない。
「お父さんは何をしている時が一番幸せなの?」ー 趣味も無く、家と職場の往復で週末は寝るだけの父を子供ながらに疑問に思ったのだろう。一度尋ねた事があった。

「寝る瞬間かな。」

当時、元気が服を着ている年代の自分には、父からの答えが理解出来なかった事をよく覚えている。

父は死ぬまでに何を思い、何を考えたのだろう。
僕という「次の世代の生」が生まれ、これといった坂道の無い平坦で慎ましい生活を送り、最後は酷く体調を崩し死んでいく・・。自分や家族の未来や、大げさには生と死について一度でも考えた事はあったのだろうか。

一体この世に何を残したかったのだろうか。

どれだけ一人で考えても今となっては当然分かるはずもなく、幼い頃のように無邪気に聞くことすらも許されない。
いつでも聞けたはずなのに、そしていつでも聞けたからこそ聞けなかった一番大切な事を残された人生で自分で探し続け答えを見つけていく。それが無口な父からの僕への課題かもしれない。

ある日の夜、忙しい日々が続き疲れきった身体を横たえた時、

「あー、幸せだー。最高だー。」

と思わず呟いた。同時に、あの日の父のいたずらっぽい、少し照れた顔が浮かんだ。
「永遠の眠り」という人生で一番の深い眠りにつく瞬間、父は幸せと思ってくれただろうか。そうであって欲しいと感じた夜だった。
作品名:父の死 作家名:黒犬