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亨利(ヘンリー)
亨利(ヘンリー)
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聞く子の約束

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第10章 掴めない距離感



 僕は交際相手とも楽しく付き合っていたが、そういうことをキクちゃんに報告するのが好きだった。飲みに行くのもいいし、ショッピングに行くのもいいけど、キクちゃんとはベンチに座って1時間会話する。ただそれだけの時間が一番楽しかった。彼女も僕といると、すごく楽しいと言ってくれていた。
 交際相手には失礼な話だが、決して大学生活をキクちゃん中心に送っていた訳ではない。恋人とのエピソードを聞いてくれるのが嬉しかったのだ。

 キクちゃんは僕の交際相手の話を聞いても、焼き餅はまったく焼いていない。逆に僕は、キクちゃんにもっと振り向いて欲しくて一所懸命になっていたのだろうけど、こんな浮気な僕を真剣に考えてくれるはずは無かった。でも、せめて他の学生よりは、キクちゃんを独占してやろうと思っていた。

 キクちゃんから本命の彼氏の話についてあまり聞かせてもらったことはない。でもその他の男の事はたまに話してくれた。それはかなり仲良くなってからのことだったが、女性の恋多きというか、恋愛に対してのエピソードの豊富さには驚かされた。
 留学当時のイギリス人の彼氏の話は、とても刺激が強かったので、自分も外国人の彼女が欲しいと真剣に考えた。
 プレゼントをいっぱいくれるおじさんの話では、(可愛い女は得だな)と思ったし、ナルシストの男には、それとなく気があるふりで、相手にうまくお金を使わせたりして、(結構悪いことしてるな)とも思った。
 彼氏以外の人と温泉旅行に行ってきたと聞いた時は、ものすごくモヤモヤしたものを感じて、押し倒してやろうかと思った。
 この時代はバブルの全盛期で、30代のサラリーマンが10〜20代の女性に金蔓にされていた時代だった。僕はちょうどその後の世代で、大学卒業後に女性をお金で釣るというおいしい思いはできなかった。しかしキクちゃんの話を聞いていたので、その時代の勢いを体験できなかったことが少し惜しい気もするが、男女の付き合い方の建前みたいなものは学ぶことはできていた。

 キクちゃんの本命の彼氏は、学生課の同僚の木田さんが、そうだったに違いない。クラスの女子から、
「彼女が木田さんと、親密に会っているところを目撃した」
という情報を聞いた時は、複雑な心境だった。15歳ほども年の違う彼氏のことを僕に話すと、キャンパス内で噂になる恐れがあるので、内緒にしていたのだろう。
 でもある頃突然、車を買い換えて、自宅に電話すると在宅の確率が上がったり、化粧のせいなのか、彼女の雰囲気まで大きく変わったのに気付いて、僕は、
「キクちゃん。ひょっとして、彼氏と別れたの?」
と心配して聞いたことがあった。普段のキクちゃんなら笑って否定するはずが、この時は苦笑いを浮かべて、静かに
「うるさい」
と言って、僕の話をさえぎった。

作品名:聞く子の約束 作家名:亨利(ヘンリー)