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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅲ

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(第四章)ハンターの到来(6)-嘘と偽りの世界②



 美紗は顔を上げると、目をしばたたかせて日垣を見た。
「組織を害する者がいないと分かれば十分だ。これ以上コトを面倒にする必要はない」
 端正な顔立ちが、じわりと笑う。美紗を見返す目には、狡猾そうな光といたずらっぽい色が、混じり合っていた。
「隠すんですか? そんなこと、大丈夫なんですか……」
 美紗の声が震えた。偽ることをためらわない上官は、またひとつ、嘘を重ねるつもりなのか。前日の階段踊り場での出来事が、脳裏に浮かんでは、消える。
「まだ油断はできないが、今のところ、今回の件は君と私しか知らないと思う。対テロ連絡準備室の連中は、昨日の時点では、何も言っていなかった。比留川が高峰の欠席をロジ担当に連絡し忘れてくれたおかげで、会議場付近に待機していた事業企画課の連中も、君の行動については承知していなかったようだし……。米国の『お客』が気付いたかどうかだけが、気がかりなところだが」
 日垣は、テーブルに両肘を付き、美紗のほうに顔を寄せた。
「正直言って、この件が公になったら、私も困るんだ。まだクリアランスが下りていない君を海外機関との会合に参加させたという時点で、間違いなく物議を醸す。こちらとしては、三か月もかかる照会作業が終わるまで、当人を遊ばせておくわけにもいかないのにな」
 妙に耳に心地よい低い声でささやく日垣の顔には、動揺する様子など微塵もなかった。彼にとっては、保身のために事案を一つもみ消すことなど、造作もないことなのかもしれない。しかし、社会人になってわずか三年目の美紗には、それがひどく危ういことのように感じられた。
「隠したら、かえって後から大変なことになるんじゃ……」
「そうだな。君の処遇はともかく、私は間違いなく依願退職だ。何しろ、統合情報局の保全課を管理する人間が、保全問題を起こして、それを隠匿するわけだから」
 涼やかな顔が他人事のように笑った。美紗は思わず立ちあがった。
「そんなの、ダメです! 私の不注意で、日垣1佐がお辞めになるなんて」
 大きな声に、日垣が驚いた顔で、人差し指を口に当てるジェスチャーをする。美紗もはっと口をつぐんだ。二人そろって身を固くし、周囲の気配をじっと窺う。
 衝立の向こうからは、店に入った時と何も変わらず、静かな音楽と、アルコールを楽しむ人々の歓談のざわめきだけが、聞こえてきた。美紗は小さく息を吐いて、席に座りなおした。すみません、と縮こまると、日垣はわずかに顔を緩めた。