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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅲ

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 日垣は、暗い道の突き当りにある細長い雑居ビルに入っていった。外観こそ小ぎれいなその建物の中は、決して新しいとは言い難かった。エレベーターが来ると、日垣は先に乗り、ドアを手で押さえて美紗を待った。明かりの下で、夏物の背広が艶やかな光沢を放っている。美紗は、吸い寄せられるように、エレベーターの中に入った。
「ここに馴染みの店があってね。隠れ家みたいに使わせてもらっているんだ」
 日垣は、最上階となる十五階のボタンを押した。美紗は黙ったまま、エレベーター壁面に貼られたフロア案内を見た。飲食店がたくさん入っているらしいビルの十五階部分は、空欄になっていた。

 何があるの……?

 美紗は、隣に立つ背広の男を見上げた。職場では見たことのないような和やかな横顔が、ドアの上にある階数表示を、ただ静かに見つめていた。
 最上階に着き、エレベーターホールに出ると、事務所のような部屋が二つ並んでいるのが見えた。すでに従業員は帰ってしまっているのか、両方とも部屋の中は暗い。よく見回せば、事務所名らしき表示はどこにも見当たらなかった。美紗がいよいよ不信感を募らせる間にも、日垣は人気のない二つの部屋を通り過ぎ、通路を奥へと歩いていく。

 ついて行ってはいけない。頭のどこかで、何かが警告する。

 階段に突き当たったところで、少し細くなった通路は、左へと折れていた。にわかに人の声が聞こえ始めた。