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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 三、月の章

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 それは奇妙な光景だった。中庭の石畳を、カムアに支えられてゆっくりと進むラアの姉。それを息を呑んで見守るカナスたち。女神の進む先、中庭のちょうど真ん中には彼女の弟、ラアが上空を注視している。そしてその視線の先には、敵の主神の姿があった。
 近づく姉を意識しながら、ラアは上空にあるドサムから目を離そうとしなかった。どんなことがあっても、姉を傷つけさせはしない。幼い頃の自分をずっと支えてくれた存在。もう話すことが出来なくても、ただ一人の肉親であることに変わりはない。ひと月前のような失態を、二度と繰り返さないと誓ったのだ――。
 ドサムは相変わらず動きをみせず、開かれた瞳はそれでも視覚器官としては機能していない様子で、ケセルイムハトの青は地上のラアたちの様子を映しているわけではなかった。しかしその意識は変わらずこちらに向けられているのが分かる。姉には、気付いていないのだろうか? それとも、やはり姉は関係がなかったのか……?
「……!」
 足を引きずるようにして、姉が近づいてくる。薄っすらと開かれた瞳はどこか虚ろだったが、その腕はまっすぐにラアへと伸ばされているようだった。
 弟の身を案じる心が、長き眠りから自らを呼び覚まし、奇跡を起こしているのだろうか。
 求めるように、必死で伸ばされる、白く細いその腕――。
 ラアはたまらず姉を振り返った。今にも触れそうなその腕を、受け止めようと手を差し出す――
 が、姉の腕はするりとラアを通り抜けた。
「……ねえさ……」
 ちょうどその時。ラアは耳の奥が詰まるような感覚にはっと上空を映す。ドサムが手にした神杖をさっと薙ぐ様子が見えたかと思うと次の瞬間、何もない空中から次々と泥土が湧きだし、それはみるみるうちに牛の姿を形作ると、数百もの群れとなって襲いかかる……!
(しまった……っ)
 何も行動を起こさなかったのは、隙が生まれるのを待っていたからなのか。天から降り注ぐ牛の大群は、その角で光を帯びた結界の外層を突き破る。ほんの一瞬目を離したために対応が遅れ、中心にあるものはその下層にある不可視の結界にまで及んだ。ラアが生み出した光の結界が、この一瞬で失われてしまった。
 厚い金属を打ち鳴らしたような音が神殿中を満たす。結界への衝撃が大気を伝い、ラアの姉と支えていたカムアを突き放す。
 ラアは両腕を掲げ、そこから雷光に似た激しい光を上空に走らせると、牛の姿をしたものは中心から次々と砕かれ砂と帰し、不可視の結界へと降り注ぐ。砂が雨のように結界を叩く音が充満し、ラアの力が結界の末端へと広がり駆け抜ける。
 その混乱の中、カムアはラアの姉が石畳を這うようになお進もうとする姿を捉える。ラアはすぐ側にいるというのに、気付かぬ様子で、まだ求めるように腕を宙にさまよわせる。
 助けようとカムアが身を起こしたとき、神殿入り口側の建物、列柱室の影から姿を現した人物があった。
「フチアさん……!」
 よく知るその人物を呼び、カムアはほっとしたように表情を緩める。フチアは攻撃の力を誇る火属の長である。強力な助け手が現れたと、誰もが思った。
 と、次の瞬間。
 どお、と腹を突き上げるような低音と共に、カムアは地に投げ出されていた。
 熱風が肌をかすめる。カムアは地に伏せたまま、目の前の出来事を映し出す。
 中庭の中央、石畳より立ち上がる、白く輝く炎の渦。
 人ひとりを呑み込む規模の強大な火柱。それは地の底から次々と湧いて出ては、天に向かい伸び上がるように、炎に炎を重ねている。
 そこにいた誰もが、己の目を疑った。
 高熱の渦の芯、白い輝きの中に、熔けるように揺らめく人影。
 フチアが引き起こしたその炎は、ラアの姉を呑み込んでいた。