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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 一、太陽の章

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(あれで本当に、王になるつもり?)
 女神カナスは自室に戻ると、もう一度吐き捨てるように息をつく。
 カナスが、生まれ育った西の神殿から、中央に移って、もうすぐ四年になる。
 神々の王の居城、中央神殿。彼女にとって、ここは長く憧れの場所だった。
 「太陽神ホルアクティ」。火・水・風・地の四属すべてを支配し、多くの神々を率いて戦う、強き王。
 西の神殿に届く王のうわさは、いつもよいものばかりだった。神々は王を信頼していたし、その決断に異を唱えるものはなかった。
 威厳をもってそびえ、けれど決して、それをして抑圧することのない、大いなる神。まだ見ぬその存在を、尊敬してやまなかった。
 王の近くで、力になれたら。その願いをかなえる確実な方法が、「技神セクメト」の神号を得ることだった。
 セクメトは、力ある女神にのみ与えられる称号。太陽の雌獅子とも呼ばれ、王である太陽神の力となり、その傍で戦うことを許されるもの。
 四年前、念願のこの号を手に入れ、生まれて初めてここ、中央を訪れたとき。
 門扉を開き、迎え入れたヒキイの口から語られた、衝撃の事実。
太陽神はもう、この世にはいない。十年前のあの戦で、命を落としていたのだ、と。
 愕然とした。それは各神殿の代表のみが知る、重大な「隠し事」だった。
 ついで告げられた、忘れ形見の存在。
 太陽神の血を、その力を継ぐもの。残された希望を守るため、隠されてきた存在。
 それが、ラアだった。
 カナスは当然、次王となるラアの下でその力を尽くし、守り通そうと誓った。確かに、誓ったはずだった。けれど……。
 新たに王となるはずの少年は、彼女が憧れ求めてきた王の姿とは、あまりにかけ離れていた。
 初めのころはまだ、年端もいかない少年のすることだからと目をつぶってきた。けれど、ラアは、あのころから一向に変わる様子がない。
 おどけて見せ、落ち着かず、いつまでたっても幼い子供のように振舞う。
 わがままで、今日のように、自分の苦手なことは避けようとする。
(ヒキイは、甘すぎる)
 明らかに、ヒキイに対する甘えが原因だ、と思う。
 学習の時間に遅れるのは日常茶飯事で、それについて、ヒキイはあまり強く叱ったりしない。
 貴重な時間だと、理解していない。ああやって、いつもいたずらに力を用いて困らせる。
 このまま王となって、ただ自分の思うまま、わがままで、周りを振り回すつもりなのだろうか。
 時々カナスは、ヒキイに意見することがある。ヒキイは決まって、困ったように微笑み、その通りだと認めながらも、目を細め、語りだす。
?ラアは私の……いいえ、私たちの、『希望』なのです? 
 ラアの父、先の王が遺した言葉。
 「予言書」の冒頭に記された、戦の「終結」――それは、ラアによって実現されるはずだ、と。
 そのもつ瞳の、黄金のために。
 四属の最高位神、「長」と呼ばれるものたちは、皆その瞳の鮮やかな色合いを特徴としている。しかしその頂点に立つ太陽神が、瞳に特徴をもつ例など、これまで一度もなかった。
 ラアの瞳。その、漆黒のうちに煌く黄金。
 この特異な色合い、それこそが、戦の終結を決定付ける?力?の象徴である、と。
 ラアの目の色が、どのようにして「予言書」の冒頭と結びつくのか、カナスには分からない。しかし戦技の指導にあたり、その力に日々触れている彼女は、ラアの持つ?力?が抜きん出ているという事実を、確かに認めていた。
 いくらかの偏りがあるにしろ、かなり高度な術を、大した苦労もなく実現することができる。関心があるためか、教えればよく吸収する。ほとんど滞りも見ず、技は向上してきたといえる。
 けれど逆に、それはカナスにとって、不安と不満を募らせる要因となった。
(いままであの子は、自分の意思を通せなかったことがない。障害を知らず、つまずくことなく来たせいで、どんなことでも簡単にできると信じている)
 その慢心が、何より危ぶまれた。
 それも、王となる身。采配を振り誤れば、多くがその命を危険にさらす。
 ラアは、それだけの責任を、自覚していないのだ。
(あと、たったひと月――)
 カナスはその手に、金に輝く細身の槍を握った。
 「技神セクメト」の象徴である、黄金の武器。太陽神のもとで戦うこの女神の、力の象徴。
 初めて手にしたときは、強い誇りを感じたというのに、今は。
 この槍と、この力を、今、自分は何のために持つのか。
 黄金。ラアの瞳の、その奥に輝くものと同じ。
 屈託なく開かれる瞳。見せるのは無邪気な笑み。そこには、王の威厳のかけらもない。
 その持つ力がどんなに強くても、戦をただ守り隠され生き抜いたラアは、本当の戦いを知りはしない。
 戦い抜くためには、心が強くなくてはならない。
 勝利を掴むためには、もっともっと強くなくてはならない。
 多くを率いて戦うのなら、揺るがず、屈さず、ただ進み続ける強さがなくては。
(この少年に、命をささげるまでの価値がある?)
 先が見えなかった。ラアへの不満は、迷い立ち止まる自身への、苛立ちでもあった。