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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 一、太陽の章

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上・女神の憂い・1、命を捧げる価値



(カムア、もう来てる。遅くなっちゃったかな)
 ラアが蛇に姿を変え、穴の外に這い出ると、すぐ傍に、カムアが立っていた。
 けれど、どこかぼんやりした様子で、じっと立ち尽くしたまま。
 気づいていないのだろうか。なにか、あったのだろうか。
〔どうしたの、カムア〕
 不安になって、ラアが声をかけると、
「いえ、何でも」
 カムアはゆっくり目をしばたいて答える。いつもの、笑顔だった。
 ラアが秘密の部屋を偶然みつけてから、もうすぐ五ヶ月。
 大河の水が嵩を増し、もうすぐ、夏がやってくる。
 夏の始まりは、新年の始まり。
 あと、たったひと月で、ふたりは共に、大人の仲間入りをする。一人前の神として、認められるのだ。
 カムアはたびたび不安を口にしたが、ラアは、早く正式な神に――王に、なりたいと思っていた。今より、ずっとずっと強い力を手に入れ、そして、この戦を終わらせるのだと。
(でも、カムアが知ったら、どう思うかなあ) 
 たくさんのひみつ。本当は、隠し事をするのは嫌いだ。言わずに我慢することも、隠すことで生まれる罪悪感も。けれど、こればかりは、わがままを言っていられない。
(きっと、びっくりするだろうなあ)
 思わずふふと笑みをこぼすと、カムアが顔を覗き込む。
「あっ。ラア、またなにか悪戯《いたずら》をしてきたんでしょう」
 ラアは黒い目をぱちくりさせた。カムアはよくこうして、言ってもいないことを当ててしまうのだ。
「今日は何をしたんですか?」
 カムアと一緒にいると、心地よい。彼は、戦が始まる前にラアの身近にいた、たくさんの仲間、その誰とも似ていない。
 彼はまるで木陰のように、涼しげな影で覆い、くつろいだ気持ちにさせてくれる。代わりに、彼が不安になることのないように、この力で、守ってやるのだと。そんな気持ちになるのだった。
 そうして、ラアがいつものように、大げさなほど身振りを添えて話をしていると、カムアが急に、可笑しそうに笑い出した。
「ラアの話にはいつも、カナスさんと、それからヒキイさん。二人の名前ばかり出てきますね」
 ドキッとした。中央神殿には今、この二人とラア、そしてラアの姉。それだけしか、いないのだ。
 気づかれてしまったら大変だ。ラアは少しひやひやしながら、話の方向を変えてみた。
〔カムアの住んでる神殿には、女の人がいないんでしょ?〕
 そんな様子には気づかないふうに、カムアはうなずいて答える。
「ときどき、訪れる人がいるくらいで……。毎月、中央から、王の代理で人間界の様子を見に来られる方もいます」
「へえ」実はそれがカナスなのだが、ラアは知らないふりをして尋ねた。「それってどんな人?」
「えっと……赤い服を着て、長い髪をしていました。とても、綺麗な人ですよ」
〔あれっ。もしかしてカムア!〕
 ラアが茶化すと、カムアはすぐに赤くなって、あわてて返した。
「違いますよ! もう、ラアはすぐそうやって……」
 声を立てて笑いながら、ラアはよく知る女神を思い浮かべる。
(そう、カナスは、きれいで強くて、かっこいいんだ。でも)
 午前中に、ラアの実技の指導をしている、四つ年上の女神。厳しく、強く、凛とした美しさをしたその人。
 しかしラアは、彼女が心から笑うのを、まだ見たことがない。
(怒ってばっかり。どうしたら、笑ってくれるのかなあ)
 その笑顔を、自分の力で呼べたなら。ラアはときどき、そんなことを考えた。
「ヒキイさんは、優しそうな人ですね」
〔優しいよ! うんと年上だけど、ずっと、おれの面倒を見てくれてて……〕
 物心がついたころから、ずっと。十年前の戦も、彼がそばで幼いラアを守り続けていた。いつも困ったように微笑んで、温かなまなざしを向けてくれる人。
〔あっ、そういえば。ヒキイとカムアは、一緒だ!〕
「ええ、僕と?」カムアはぱちぱちと瞬く。「どのへんが、一緒なんですか?」
〔そうそう、そのしゃべり方!〕
 顔を見合わせ、声を立てて笑う。
「ラアは二人が、本当に大好きなんですね」
 そう。二人とも、大好きだ。
 だけど、二人だけなのは、寂しい。
 最近よく思う。カムアが一緒にいてくれたら、どんなに楽しいだろう。
 もう一人の、かけがえのない存在。大切な、たったひとりの、友達。
 何も隠す必要がなくなれば、どんなに楽だろう。もっと自然でありたい。自分の意思で、自由になんでもできるようになりたい。
 だから――だから、早く王になりたい。
 ラアは、それを強く願っていた。

     *

「おや、ラア。珍しいですね」
 丈の長い、質素な白の衣をまとった男神は、ラアの学習室へ入るなり、感嘆の声をあげる。
 ラアは机に向かって読書をしている。この男神――ヒキイが現れたことに気付いていないのか、特に顔を上げることも、挨拶することもなかった。
 集中しているのだろうか。ヒキイはしばらく、邪魔にならないよう静かにそれを見守っていた。
 ラアは書にじっと目を落としているかと思えば、時々、ちらと視線を書の外に移す。どうやら集中してはいないらしい。
 穏やかな微笑を浮かべたまま、ヒキイは向かいの椅子に腰掛ける。
 ラアが手にしている書は、「予言書」といわれるものだった。
 生命神率いる北の神々が、王である太陽神に反旗を翻して、千年。長きに及ぶ戦の、それぞれの時代で道を示してきた、予言の言葉。それらを集めた書物。
 王は、この言葉を道しるべに神々を率い、戦を勝利へと導くものである。
 午後の学習時間に、ヒキイはこれを何度もとり上げた。聞きなれない文体、難解な内容。そのため、ラアはこの書を使おうとすると、あからさまにいやな顔をしたものだ。
 ヒキイは目を細める。ラアにもやっと、王となる自覚が芽生えてきたに違いない。
「わからないところがあるのですか?」
 あまりにそわそわした様子に、尋ねる。……ラアから返事はない。
 書をのぞき見ると、冒頭のページが開かれていた。
「ここは……」
 その一節は、彼にとって、またラアにとって、重要な意味を持っていた。
「戦の始まりのときに、同時に予言された、?終結?を意味する節ですね。『ケセルイムハト』と呼ばれる、戦を終わらせる存在が予言されているのです。この――」
 言いかけ、ヒキイはやっと、ラアの様子がおかしいことに気づく。
 疑問を解消しようと話しているというのに、まだ落ち着かない様子で、ちらちらと視線を泳がせているラア。
 またたき、あらためてラアの様子を観察する。そうして、ヒキイは立ち上がると、深くため息をついた。
 ヒキイは部屋を出る。と、ちょうどそこへ通りかかった女神を呼び止めた。
「カナス。ラアを、見ませんでしたか」
 女神は、豊かな黒い長髪を揺らし振り返った。
 カナスと呼ばれた若い女神は、ヒキイの後ろの部屋を見遣り、それからまたヒキイを見ると、呆れたように短く息をついた。
「また悪戯?」
 女神の言葉に、ヒキイは困ったように笑った。
「見ていないわ。姉のところにでも行ってるんでしょう」
 いつものように、愛想も愛嬌もなく答えると、カナスは行ってしまった。
 ヒキイはまた、小さく、ため息をつく。
「本当に、困ったものですね」

      *