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文目ゆうき
文目ゆうき
novelistID. 59247
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睡蓮の書 一、太陽の章

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上・女神の憂い・4、睡蓮の目覚め



 真夜中の来訪者に訝しがりながら、ヒキイは中央神殿の門へ赴く。
「『大地神』ですか」
 門をたたいた思いがけない人物に、扉を隔てたままたずねる。
「いったい何用でしょう、各神殿の代表でない方を神殿内に入れることは――」
 言いかけ、ヒキイは言葉を止めた。彼以外の気配を捉えたためだ。
「ヒキイ、私よ。……急ぐのよ、開けてちょうだい」
 カナスだった。普段と違い、小さく弱々しいその声。
 ヒキイは顔をこわばらせた。
 カナスにはこの門を開けることができるはず。それが、できない状態だということ。
 尋常でない様子を察し、ヒキイは門を開いた。門の向こうに、男神に支えられて立つカナスと、後ろに連れたもう二人の客。
 カナスの右肩に大きくひらいた傷に、息を呑む。
「……北、ですか」
「彼女を診てほしいの。目がみえないそうよ」
 カナスの言葉に、後ろの女神たちを映し、ヒキイはその目を見開く。
 母の手に引かれ、前に進み出たソークの、その瞳の様子。
「視力を奪う光……『輝神ヘル』、あなたの力ね?」
 カナスはどこか責めるような調子で問うた。
「どういうことなの……。なぜ、あなたの力が、北の化け物に利用されているの」
 ソークの目を診察し、険しい表情のまま、ヒキイは答えた。
「確かに、これは『輝神ヘル』の力です」湧き上がる怒りを抑えるように、静かに。「けれど正確には、これは、私の力ではない」
 ヒキイはカナスを向き、はっきりと、告げた。
「北の、『輝神ヘル』の力です」
 信じられないふうに、そしてどこか困惑気味に、カナスはヒキイを見つめ返す。
 カナスは確かに、ヒキイがそう答えるに違いないと考えていた。けれど、それはまったく理解とは別のところにあった。
 神の号は、ひとりに唯ひとつが宛がわれ、同じ号をもつ者は存在しない。
 変わったり、譲り渡すことがあっても、同じものを二人以上が名乗ることはできない。
 最高位、第一級、第二級ときて、それ以下は、同格のものが多数存在するけれど、それぞれが持つ号や、力の種類は、別のものであるはず。
 ――いや、別なもの「だった」。
 現に今、……信じられないことに、第一級である『輝神ヘル』の称号が、このとおり、重複してしまっている。
 今までに聞いたこともなく、また、あってはならないことだった。けれど、さらに信じられないことに、それはたった一つの例外ということではないらしい。
「じゃあ、黒い剣の、セトという男は――」
「俺と同じ、『大地神ゲブ=トゥム』だ」
 シエンが答えた。
 ……そうなのだ。
 あの男――北の地属神セトが、自身の剣を「ゲブ=トゥムの剣」と呼んだこと。
 四つの基本属性のひとつ、地属の神の、「長」だけが手にする最強の剣。
 太陽神の加護を受けた「技神セクメト」の黄金の武器を、おそらく唯一破ることができるもの。
 まさに人間界で、カナスが目にしたあの光景。
 そして、シエンと同じ色ではないものの、あの瞳の色の鮮やかさ。
 地属で最高位にある「大地神ゲブ=トゥム」以外には考えられない。
「『二重の称号』は、過去に予言されていたと聞く」
 困惑を隠せないカナスの様子に、シエンが付け足した。
「『二重の称号』……?」
 カナスは聞きなれない言葉を繰り返す。
 予言されていた、ということは、あの「予言書」に記されていたというのだろうか。
 予言書については、カナスはもちろんほとんどの神々が、詳しくは知らされていない。けれど、そこに記してあったということは、この現象が、成るべくして成ったことを意味するはず。
 北の邪神どもと、王たる太陽神に仕える神々の、双方に、同じ号が存在する。
 いったい、何のために――?
 カナスは黙ったままのシエンの横顔を映す。答えはない。……おそらく、その答えを知るものはないのだろう。
 おし寄せる不安が、カナスの胸を重たくした。
「治療は西で行いましょう。先に戻っていなさい」
 ヒキイが告げると、アスは深く頭を垂れ、ソークを連れて中央を後にした。
 続いてヒキイは、シエンを向くと、
「申し訳ありませんが、カナスを東の治癒女神のもとへお願いできますか。それから、もうひとつ、お願いがあるのですが」
「待って! ……私なら大丈夫よ、ここに残るわ」
 カナスが口を挟む。が、気丈なその言葉とは裏腹に、声は小さく弱々しい。
「その傷、甘く見ないほうがいい」
 傷を刻んだものが、他ならぬ「大地の剣」であるから――静かに諭すシエンに、ヒキイがうなずいて加えた。
「カナス、もしものときに、その傷では動くことができません。“彼”のためにも……」
「でも、それでは……!」
 ラアはこの神殿に、ひとりになってしまう。もしものことがあったら――。
 訴えるように開かれたカナスの瞳に、ヒキイはいつもの穏やかな笑みを返した。
「あなたが苦しむ姿を、彼も見たくないはずですよ」
 困惑に変わるカナスの瞳から離れ、ヒキイはシエンに続けた。
「カナスを東の治癒神に預けた後、また、ここに戻ってきていただけますか? 私が留守の間、中央をお任せしたいのです」
「な……でも――」
 信じられない。カナスは思わず声をあげた。
 今まで中央に、各神殿の代表以外を入れなかったのは、ラアの秘密を守るためだった。
 王が亡くなっていることを、……その後継ぎがまだ成神していないことを、隠すためだった。
 けれどヒキイの提案では、少なくとも一人に、その秘密を明かしてしまうことになる。
 ところが、カナスの非難を理解しているふうに、ヒキイはもう一度、微笑んでみせた。
「大いなる守りの力を持つ、『大地神ゲブ=トゥム』の力添えがあれば、安心です」
 確かに――ヒキイの言うことは正しい。
 守護の力が最も強いとされる地属の、長であるシエンになら、二人の留守を補えるだろう。
「さあ、急ぎましょう。私も西で治療を終えたら、人間界を見ておこうと思います」
「おれも行く!」
 そのとき突然、背後からの声。
 振り向くヒキイの目に、駆け寄る少年の姿。
「おれも、人間界を見たい。連れて行って!」
「ラア!」
 カナスの声は叫びに近かった。
 神殿の外に出ることさえ許されないというのに、人間界に……北と遭遇する危険性の高い場所に、連れて行けるはずがない。
 またいつものわがまま。彼女にはそう映った。
 しかし――、ヒキイはその申し出を拒まなかった。
 彼は見上げる少年の瞳を、じっと見つめ返す。
「おれ……、もう隠れてばかりいるのは嫌だ! 人間界のことも、北のことだって、聞くだけで知らないことばっかり……。
 おれは、ちゃんと見て、知っておきたい!」
 ラアの目は真剣だった。
 まっすぐに、強い意志を灯して返す黒曜の瞳は、……夜の闇のためだろうか、無邪気さとはまるで無縁なもののように思えた。
 ヒキイはシエンに向き直ると、言った。
「カナスは私が連れてゆきましょう。彼を――次期太陽神を、人間界へお願いできますか」
 シエンの、幾分大きく開かれた目が、ラアの黒い瞳へ、その奥の黄金へ、注がれた。
 底の知れない黄金は、貫くような鋭さで相手を捕らえ、放さない。
 その瞳を、王たる者の資質、その表れと受け取ったのだろうか。