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LOVE FOOL・前編

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第4環




第4環

「私、彼と結婚するの」
異性双生児である妹のクロエがそう云って示した男は自分より幾分年上の青年で、
黒髪と濃灰の瞳が印象的な冷たい顔立ちをしていた。
男は何者にも分け隔てなく親切で親身。
穏やかな口調と引用する言葉端からは深い知性が窺える。
服装こそ異端の装飾品を纏っていたが決して金銀の華美さはなく、街での評判も良い。
誰に訊ねても彼は善い男だと答が返った。

だから、そう告げられた日も。
微笑む彼女が幸せならば心より祝福しようと。
日に日に増す男への不審感も妹を取られた兄のやきもちだと周囲に揶揄され、自身もそれを
受け止め、押し殺した。
思えばこの時に何かがおかしいと気付くべきだったのだ。

街全体がまるで洗脳されたかの様に並べたてる男への賛辞に。
街中に増殖してゆく黒い薔薇の異様さに。
何よりも賢明な妹が、何の相談も無く熱愛の勢いだけで伴侶を決める事などありえないのだと。

どこか心の抜け落ちた街人達の祝福に沸く挙式の最中、礼拝堂で唸りを上げ花嫁を呑み込んだ焔は
ペンダントから流れ出していた。
誰もが我先にと互いを押しやり出口を目指す中、唯一人駆け寄ったアストライアは純白のウェディングドレスに不釣り合いな輝きに手を伸ばす。
「来ないで…!」と、声帯は焼き切れていても告げる口の動きと制す腕を払う。
呪いや魔術に関しての知識は全く持っていなくとも、血の繋がりが示す勘だろうか。

メダルに刻まれた円形の魔方陣を引き千切ると、天をも焦がす火柱は夢幻の様に消え失せたが
現実だという証に腕の中には息絶えたクロエと焼印が残った。

ペンダントはもう崩れて解読が出来ないが掴んだ時に転写された火傷の痕だけが男への手掛かり。
一時たりとも忘れた事は無い。
思い返すクロエの面影に重なる黒の残像。
漆黒と呼ぶには禍々しく淀んだそれは、まるで全ての彩色を食んだ様に濁りアストライアを蝕んだ。
元凶でもある男への怨嗟と共に自責でもある。
俺が止めていればクロエは死なずに済んだのだ。
生きたまま身を焼かれる事など無かったのだ。

「必ず仇を取る、何を…この命を犠牲にしてでも」
閉じた瞼は眠る様に穏やかで苦悶の表情を浮かばせない。
自分より少し淡い赤茶色をしたクロエの髪を梳き、アストは焦げたドレスから覗く崩れた皮膚を自身のマントで覆った。
「お前は馬鹿者だと怒るだろうが…俺は…」
無意識に握った手の甲に、ぽつりと水滴が落ちる。


幼い頃より両親を亡くした兄妹はずっとお互いを支え合って生きて来た。
それなのに。とアストは唇を噛む。
この愚鈍な兄は、肝心な時にお前を救ってやれなかった。


「馬鹿以上だ!この、救いようの無い大馬鹿者めがーっ!!」
「う!うわ!?」
唐突に被せたマントの下からがっしりとした両腕に突き飛ばされ声が裏返る。
白く磨かれた床に押し倒され、驚き瞳を瞬くアストライアに向かって妹のクロエとは似ても似つかない、
深紅のウェディングドレスを着た銀髪の青年が憤激の形相で指先をびしりと突きつけた。
「俺を誰だと思っている!?
お前にはこの俺様がついているんだから、万が一にも「犠牲」なんてある筈がないだろう!」

何故自分はこんなに怒られているのか?
そもそも何故ウェディングドレスなのだ??
馬乗りの姿勢で体重を掛けられ、視界の端にちらつく艶めかしい太腿から視線を逸らす。
首を絞められ朦朧としてゆく夢の中で、アストは彼の美貌を見上げた。

この顔には見覚えがある。
そう、彼はー。

「ヴィヴィアンヴァルツ!?」

悪夢にびっしょりと汗を浮かべたアストライアは、肩で呼吸を繰り返し起き上がった。
人の夢にまで乗り込んでくるとは!
思わず叫んだ名に、口元を覆い辺りを見回す。
閉じたカーテンから零れる陽射しは眩いほど明るく、とうに夜は明けていた。


肌に貼り付くシャツを脱ぎベッドから抜け出る間、ぼんやりと思案する。
繰り返し見る過去の忌まわしい記憶は日照よりも早く彼を苛み、眠りを奪う。
それがまるでクロエが生きていた頃の様に、寝過したのはいつ以来だろうか。
「しかし、よりによって今朝か…」

元々この街に長居をする予定では無かったが、こうも慌ただしく出る事になるとは思わなかったと
アストライアは誰にとも無く不満を漏らす。
洗濯され丁寧にたたまれた着替えを羽織り、薄暗い部屋で窓際に寄り沿い街外を眺めた。

澄み切った空の許、一面灰色の街路。道行く人々は昨日と何一つ変わらない。
彼等の生活リズムは時計の様に正確で冷淡。すれ違っても誰一人挨拶を交わす事無く、手に書物を抱え同じ道を競って歩く。
各王国が口をそろえて関わりを絶ち、侵略国でさえ手を出さない彼等の理由が解る気がした。

善悪の概念が人の世とは違う。加えて高度な技術と徹底した秘密主義。
自分と自分に利益な人間以外眼中に無い。
知識と探求と成果こそが全て。
惑星の地軸に伸びると言われる膨大な地底階層には人類の想像もつかない兵器が眠っている。
そんな噂を一蹴出来ずとも不思議は無い。
敵にさえ成らなければ触れない方が得策なのだ。
それが一夜にして得た彼の見解だった。

「お早う御座います、アストライア殿。―ヴィヴィアンヴァルツは?」
出発の身支度を済ませ、部屋を後にし、宿から外に出ると昨日出会った騎士団長が礼儀正しく
頭を下げる。自分の様な民間の中から募って結成される使い捨ての騎士と違い、高い教養の感じられる仕草は王宮に置かれた近衛だろう。
色素の薄い肌と髪質をした、上品な顔立ちの青年はユースティティアと名乗った。
「これから迎えに行く処だ、直ぐに出発させる」
「ええ、急を要します」
アストライアの呼びかけに、ユースティティアが頷く。
騎士の顔色が昨夜より曇っているのは気のせいだけではなさそうだ。
国王、王妃の暗殺。
それだけでも国にとって大きな損失だが彼が急くのは未遂で終わった王子の命。
ヴィヴィアンが犯人でないのなら、真犯人は今も王国に潜伏し再び機会を窺っている事になる。
騎士はそれが心配でならないのだと心痛な面持ちで正面を見据えた。
そしてアストライアにはもう一つ解せない事があった。

一体、誰が近衛兵の一団をわざわざ遠征に出したのか。
王宮の警備は手薄になっている筈。偽の犯人を追わせ、暗殺をより容易くしているとしたら…。
(これはただの犯人探しで終わらないかもしれないな…)
いつから自分はこうも陰謀事に鋭くなったのか。
胸に沸く不安を余所に身に潜む焔は新たな獲物の予感に皮膚の下を蠢く。

力の籠る右腕を抑え、隣を歩く青年に気づかれぬ様身を逸らすと表通りの向こう、真っ直ぐ伸びた
道の先に文殿と学院が視界の前に広がる。
ヴィヴィアンヴァルツはこの中に居るのだと、手で指し示すとユースティティアは驚きに目を見張った。


イエソドの書庫に戻って来たヴィヴィアンの表情は硬い。
アストライアはメーガナーダと別れてから色の白く変わった横顔を眺めたが何も訊ねる事はしなかった。
そして呪いに関しても、これと云って進展していない。
属性すら掴めない悪意ある焔。狡猾な闇についての文献は広く深い。
作品名:LOVE FOOL・前編 作家名:弥彦 亨