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お蔵出し短編集

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煙の向こうに


宝くじなんて買うのはバカだと誰かが言っているのを聞いた事がある。
いわく、宝くじにあたる確率は隕石が頭に墜ちてくる確率とそう変わらないそうで、つまりはそんな夢物語にお金を費やすのは無駄以外の何物でもない、と言うわけだ。
しかし、それは真実ではない。
僕は少なくとも宝くじに当たった人間を一人は知っている。
だから、隕石が頭上に降ってくるよりは、それは現実味のある話なんだと思う。
で、その宝くじに当たった人物なんだけど、
他でもない。

それは、僕の父だ。

その朝、僕が起きてくると、父親が苦虫を噛みつぶしたような顔をして新聞を睨み付けていた。
僕の父親はとある会社で係長として勤めていた。
例えば株価の事なんかは僕にはまだよく分からないけれど、母と父がそれについて何やら言い合いながら「まあ、そのうちにどうにかなると思うけど」みたいな曖昧な流れのまま会話を打ち切るのを、半ば日課のように僕は見てきた。
だから、この時もその流れへの『前ふり』なのだろうと漠然と思っていた。
ところが、
父は僕を見るなり、今度は眉間に皺を寄せて、まるで泣くんじゃないかと思うような情けない顔で口を薄く開いた。
「当たった」
そして、呟いたのがそんなひと言だった。
「何が」
僕は当然、意味が分からず聞き返した。
「宝くじで一等が当たったんだが、どうしよう」
そして父はそう呟いて、途方に暮れた顔をした。
作品名:お蔵出し短編集 作家名:匿川 名