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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅱ

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(第四章)ハンターの到来(4)-第1部長の正体



「声を立てるな。気付かれる」
 日垣は、大きく目を見開いた美紗がわずかに頷くのを確かめると、血の気の引いた小さな顔からゆっくりと手を離した。
「とにかくここを出るんだ」
 日垣に腕を掴まれたまま、美紗は部屋の外へ連れ出された。その時、遠くから大声で日垣に呼びかける者がいた。会議場から十メートルほども離れた小部屋の戸口で、背広を着た男がこちらを見ている。日垣は、美紗をドアの裏側へ押しやると、声がしたほうに体を向けた。
「もう会議場に入ってもよろしいですか?」
 日垣が手を挙げて合図すると、背広の職員は、名札やペットボトルなどが入った段ボール箱を抱えて歩いてきた。やはり事業企画課の所属とみられる彼は、最後のセッションの準備をする係らしい。近づいてくる靴音が、ドアの影に隠れる美紗の心臓を突き刺すように、コツコツと響く。
「スモーカーの『お客』はどうしてる?」
「一階の喫煙スペースに案内しました。うちの課の人間が一人、ずっと張り付いています。他の『お客さん』は全員向こうの部屋で一息入れてもらってます」
 二十代後半とみられる男性職員は、自分が出てきた所のすぐ隣の小部屋を指し示した。ドアが開けられたその部屋からは、ざわざわと人の声が聞こえる。煙草を吸わない「お客」たちが、コーヒーでも飲みながら談笑しているのだろう。その中にCIAの人間が混じっていることを、おそらく彼は、知らない。

「そのまま真っ直ぐ歩くんだ。早く」
 美紗がはっと振り向くと、日垣がすぐ脇に立っていた。すでに、先ほどの背広はいなかった。彼は、ドアの影で立ちすくむ美紗に気付くことなく会議場の中に入り、せっせと自分の仕事をしているようだった。美紗は、足が震えるのを感じながら、そっと歩き出した。
 自分の不始末について何と説明すべきか、頭の中でぐるぐると考えた。落とし物をして部屋を出そびれたとは、余りにも間が抜けている。セキュリティ・クリアランス(秘密情報取扱資格)の格上げ手続きも終わらないうちに、統合情報局を追い出される羽目になるかもしれない。無事に会議場を出られると、今度は情けなさで涙が出そうになった。
 うつむいて歩く美紗の前を、日垣は急かすように大股に歩いていく。エレベーターホールが右手に見えてきたが、彼は足早にその脇を通り過ぎた。