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吉葉ひろし
吉葉ひろし
novelistID. 32011
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10億円を持ったホームレス

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ホームレスの旅へ



スーパーに60歳代の男が入っていく。彼の名は吉沢秀雄。独身である。まだ1度も結婚はしたことが無い。だがする意思が無かった訳でもない。経済的に出来なかったのである。彼は理工系の大学を出ていた。一流企業の自動車会社に勤めたが、30歳の時に自分の会社を起業した。大型プレスの特許を取得したのだ。自動車製造には画期的なものであったが、1台が1億円近いものであっただけに、その開発費はかなりの借金となっていた。返済のために売り込みを急いだ。その結果、油圧部分に不具合が生じた。プレス機では生命線ともいえる部分である。それは使用したパッキンに欠陥があったことが判明したが、納品第1号機であっただけに、信用は失墜した。吉沢は特許を守るために、借金を重ねた。銀行が彼の特許の将来性を買ってくれたのであった。しかし、そのことで彼は5億円の借金と戦うことになった。従業員7名ほどで下請けに任せる仕事ではあっても、年に製造できるのは3台であった。納品するには組み立てたプレス機を作動させ、点検をした後に、分解し、納品するのであるから、納品のために組み立てる作業もあり、吉沢はその先頭で指揮しなければならず、365日休みは無かった。60歳、世間の定年を機に、会社を10億円で売り払った。自由に残りの人生を送りたかったのである。海外旅行も、プレス機の納品でアメリカには何度も行ったので、飛行機に乗る気持ちにはなれなかった。日本を旅することにした。それには彼なりの夢があった。もしも素敵な出会いがあれば家庭を持ってみたい・・・そんな夢であった。
 スーパーは年末で込み合っていた。吉沢は昼飯の弁当を買いに来ただけであった。旅先であり、公園で食べようと思っていた。通路は狭く、弁当を探していた吉沢は誰かに押されてよろけてしまった。運悪く卵の棚に体をぶつけ、パックが5,6個床に落ちた。落ちたパックの中身は割れていた。もちろん吉沢は買い取るつもりでいた。
「おじさん弁償ですよ」
店員が大きな声を出した。
吉沢は『お客さまお怪我はありませんか』と言うべきだろうと心で思っていた。店員は吉沢の容姿でそんなぞんざいな言葉になったのだろうと感じた。天気がよかったのでレンタルの自転車で走り回っていたし、服装もジャージ姿であった。多分汗臭さもあったのではと思う。
「すみません。人を探しに来たので財布持ってないんです。勘弁して下さい。込み合っていて誰かに押されたんですから」
「不注意ですからね。家に取りに行って下さいよ」
「この近くではないんです。後日送金いたします」
「そんなこと言って逃げるつもりでしょう」
「約束します」
「店員さん、おいくらなのよ」
50代の女性であった。店員は暗算ではすぐに答えられなかった。
「レジに持って行くわよ」
 女性は卵のパックをビニール袋に入れてからかごに入れた。
「心配しないで大丈夫ですよ」
 吉沢は女性の後を追った。
「ありがとうございます」
「気にしないでください。伊達巻が作れますから」
「旨そうですね」
「旨いですよ。食べたいですか」
「昼ごはん食べてないんです」
「伊達巻で昼ごはんにはならないでしょう。そういえばこの近くでは無いって言ってたわよね」
「栃木県です」
「何で岩手県に」
「ホームレスですから」
「嘘でしょう。そんな感じはしないわよ」
「家はほんとにないですし、家族もいないです」
「そう、家には旦那様がいるので泊められないですが、ご飯はいいわよ」
吉沢は女性の車に乗った。雫石町。聞き覚えのある町であった。酪農家であった。20頭ほど乳牛を飼っていると言った。だから家を空けることもできず、旅をしているあなたが羨ましいと言った。吉沢は仕事に追われて生きているのは自分だけではなかったことを知った。
女性が作ってくれた親子どんは涙が止まらないほど嬉しかった。家庭とはこれほどにも温かいものかと吉沢は感じた。
「ごちそうさま。昼ごはんのお礼です。銀行に持って行って下さい」
吉沢は帰り際に10万円の小切手を渡した。
「受け取れませんよ。意味が無い金額ですよ」
「僕にはお金では買えない気持ちをいただきました。本当は牛の世話でお返し出来れば良かったのですが・・」
「そうですか、餌代が高くなっていて、生活大変なのでいただきます」
「あなたの様な方を探して旅に出たんです」
「わんこそば食べに来て下さいよ」
その大きくて爽やかな女性の声はいつまでも忘れたくはないと吉沢は思った。牛舎からの牛の鳴き声が遠くなっていった。